キングダム王騎将軍死す!殺される最後の死亡シーンは何巻で倒した人は?

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キングダムは古代中華を舞台にした人気マンガで、映画化もされましたしアニメでも放送されました。

ちなみにこのキングダムは秦の始皇帝の時代を舞台にしていますが、この登場人物の中でもいまだに人気の高い王騎将軍がいます。

しかしこの王騎将軍は物語の中ですでに戦死しています。

王騎死す。

それは他の国の人間にとっては喜ばしいことでしたが、秦国にとっては武威の失墜を意味していました。

それでは王騎将軍が殺される最後の死亡シーンは何巻でしょうか?

また王騎将軍を倒した憎っくき人物は誰でしょうか?

こちらではキングダムの王騎将軍の最後の死亡シーンを振り返ると同時に、その最後の死が何巻だったのか?

そして王騎将軍が人気になった理由を見ていきながら、王騎将軍のカッコよさについても迫っていきたいと思います。

それでは最後までお楽しみください♪

 

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キングダムの王騎将軍とは?

ではまず王騎将軍のことを簡単に振り返りますが、王騎将軍は史実に実在した人物として知られています。

 

そんな王騎将軍は、キングダムでは秦の六大将軍の一人として活躍してきた人物で、主人公の信にも影響を与えてきました。

信の軍隊を飛信隊と名付けたのもこの王騎将軍。

また王騎将軍は笑い方が特徴的なことでも知られています。

 

そして当初はおネェ口調で登場。

話の内容もそっち系?と思われるキャラで、私自身は最初は違和感を感じていました。

この人物が六大将軍なのか?と!

ただ王騎は摎(きょう)という将来の婚約者がいたことが分かりましたので、そっち系ではないことも判明。

もしかすると王騎将軍は摎への一途な想いをまだ持っていて、他の女性との関係は考えられないという気持ちから、あえておネェ口調でそっち系を演じていたのかもしれませんね。

 

秦の六大将軍として名をあげ一時代を築いた王騎でしたが、キングダムでは早い段階でその死を迎えることになってしまいます。

 

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王騎将軍の最後の死亡シーンは漫画では何巻?

それでは王騎将軍の最後の死亡シーンが何巻なのかをご紹介してきます。

それは単行本16巻・第172話「継承」の回のことです。

ここで王騎は最後に息を引き取ることになります。

 

ただ敵の矢と矛が王騎を貫いたのは、単行本16巻・第169話「死線」の回でのことでした。

この時の傷が元で王騎は息を引き取ることになってしまいます。

 

王騎将軍の最後の死はアニメでは何話?

ちなみにアニメでは、敵の矢と矛が王騎を貫いたのは、第1期・第37話「我、死線にあり」

王騎将軍が亡くなるのは、第1期・第38話「継承」でのことになります。

 

 

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王騎将軍が死ぬまでの経緯

馬陽での戦いに総大将として参戦

それでは王騎将軍が死亡するまでの流れを振り返りたいと思いますが、まず趙が秦に攻め入ったこと。

そしてその総大将に王騎将軍に白羽の矢が立てられたことから、王騎将軍の悲劇への序章はスタートしていました。

当初は蒙武が総大将になるかと思われしたが、軍総司令の昌平君の誘いに応じて宮中に現れた王騎。

そこで攻のみが優れている蒙武よりも、攻と守の両方の強さを兼ね備えた王騎将軍が趙軍を迎え撃つ総大将に任命されます。

ただそれまでは秦軍を率いることを拒み続けていた王騎将軍。

さてなぜこのタイミングで王騎将軍は秦軍の総大将を引き受けることにしたのでしょうか?

 

馬陽は摎が亡くなった土地だったため

さて王騎将軍が秦軍を率いることを決断した理由。

それはこの時に趙が攻め寄せた場所が関係していました。

その土地の名は馬陽(ばよう)。

ここは王騎将軍の婚約者だった摎(きょう)が亡くなった土地でもありました。

それまでは秦軍を率いることを拒んでいた王騎でしたが、摎が倒れた馬陽の地ゆえに趙に渡せない気持ちが総大将を引き受ける要因の一つだったようです。

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政を仕えるべき王と王騎が認めたため

また王騎将軍はそれまでに直接秦王・政のことを見ていました。

政はどのような王なのか?

政は仕えるべき王なのか?

王騎は仕える主を選ぶタイプと言え、誰でも王騎を召し抱えることができるというわけではありません。

しかし政のこれまでの戦いぶりや目を見て、政という人物を品定めしてきた様子が伺えました。

そしてどうも王騎は政を仕えるべき王だと判断した様子。

それは王騎将軍が亡くなってから明かされることになりますが、その点はまたのちほどご紹介していきます。

 

李牧の情報封鎖によって追い詰められる王騎

秦軍総大将を引き受けた王騎将軍。

副将には蒙武がつくことになり、序盤は信たちの活躍もあって優勢に戦を進めていきます。

そして敵の総大将・龐煖との一騎討ちをしていた王騎将軍。

しかし李牧という趙・三大天の一人の策によって、王騎軍は逆に追い詰められる結果となってしまいます。

李牧は元々は北方の匈奴(きょうど)という異民族から趙を守るための戦いをしていた将軍でした。

実際に李牧は十万を超える匈奴軍を、策によって一方的に殺戮(さつりく)していました。

しかし李牧はその情報を念入りに封鎖。

李牧は敵には知られていない軍が存在する状況を作りあげることに成功します。

ただ王騎将軍はこの軍の存在を予想はしていました。

しかし李牧軍が到着するタイミングはもっと後だと予想しており、この点で王騎将軍は予想を覆される結果になりました。

李牧軍の到着が誤算となった理由。

それは北方の騎馬の素質でした。

山間を苦にせずに進軍することが可能な北方の騎馬軍は、山々を迂回(うかい)することなく真っすぐに決戦の地に到着したので、王騎将軍は裏をかかれた形になってしまいます。

 

王騎将軍の最後

そして王騎将軍の最後が訪れてしまいます。

李牧に追い詰められてもなお、諦めることのなかった王騎将軍。

しかし立ちはだかった龐煖(ほうけん)がやはり強く、王騎将軍でさえも龐煖を斬り伏せることに手こずっていました。

また趙軍には中華十弓(じゅっきゅう)の魏加(ぎか)という人物もこの戦いに参戦していました。

この人物が王騎将軍の最後に汚れ役であっても自らの爪跡を残したいと、邪(よこし)まな考えを持って王騎将軍に近づいていきます。

そこから舞台は王騎vs龐煖の一騎討ちに移りますが、王騎将軍が龐煖をじりじりと追い詰めていき、龐煖の矛を叩き割ることに成功します。

そして龐煖を葬(ほうむ)ろうと、王騎将軍が最後の一撃を加えようとした矢先、魏加の矢が王騎将軍の背を貫くと同時に、龐煖の折れた矛も王騎将軍の胸を貫くことになってしまいます。

しかしそれでもまだ諦めない王騎将軍。

死地に活路を開くべく王騎将軍は行動を起こし、蒙武が切り開いていた活路によって王騎将軍は遺体を敵に渡すことなく逃げ切ることに成功します。

 

政に仕えることに納得していた王騎

その後、息を引き取ることになった王騎将軍。

その知らせが政のいる咸陽(かんよう)に知らされて、秦王・政は王騎から昭王の遺言を伝えられていたことを昌文君に明かします。

昭王の遺言とは以下の内容でした。

戦に慈悲は無用なれど 奪い取った地にある民は奴隷に非ず

虐げることなく自国の民として同様に愛を注ぐこと

これは昭王から王騎の身に伝えられた遺言であり、この遺言は誰にでも伝えるものではなく、昭王の意志を継ぐ資質のある秦王にだけ残されたものでした。

そして昭王はその判断を王騎に一任することとし、王騎が仕えるに値すると思う王にのみ伝えよ、と言われていたことが明らかになりました。

「共に中華を目指しましょう 大王」

昭王が亡くなってからは秦軍を率いてこなかった王騎。

その王騎将軍が秦軍総大将を引き受けたのは、政を仕えるに値する王だと感じたからに他なりません。

政と共に中華を目指そうとした王騎将軍。

しかしその歩みが一戦目で潰(つい)えてしまったことは、王騎にとっても秦国にとっても非常に残念な結末となってしまいました。

 

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王騎将軍を倒したのは誰?

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(引用:キングダム)

結果的に王騎将軍を倒したのは誰かと言えば、それは魏加(ぎか)と言えるのかもしれません。

中華十弓と言われていた魏加。

龐煖(ほうけん)との一騎討ちを演じていたさなかに魏加の矢が王騎を貫いたことで、王騎は龐煖の矛に突かれた結果になりました。

魏加の矢が無ければ王騎将軍は龐煖に倒されることはなかったはずで、それまでも王騎将軍は龐煖に対して内容的には勝っていたと言えます。

しかしここは戦場。

一対一という舞台設定ではなく、その他の武将や兵が存在する中で、一騎討ちに邪魔が入ることはごく自然のことでもありました。

ただ魏加の矢だけで致命傷になったのかと言えば、それはそうではないかもしれず、王騎将軍に致命傷を与えたのは、やはり矛で王騎将軍の胸を突くことに成功した龐煖と言えます。

 

または王騎将軍を策で倒したのは李牧とも言えます。

李牧の情報封鎖があってこそ王騎将軍を窮地に追い込むことができ、そこから龐煖と魏加によって王騎将軍を討つことが出来たとも言えます。

その意味では王騎将軍を倒したのは、李牧と龐煖と魏加という三人ということになります。

趙・三大天の2人と中華十弓の一人の計3人がかりでやっと王騎将軍一人を討てたこと。

それは王騎将軍の偉大さを現わす結果になったと言えます。

 

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王騎将軍の死に様のカッコよさとは?

蒙武を責めないカッコよさ

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(引用:キングダム)

また王騎将軍の死に際のカッコ良さ。

この点は見どころのあるポイントのように思います。

まず私は気になっているのは王騎が蒙武を責めなかった点です。

この点は王騎のしびれるほどのカッコよさを表していると思います。

蒙武自身は王騎が死亡することに責任を感じていたようです。

許せ 全て俺の責任だ

王騎が死ぬ間際、蒙武はそう王騎に伝えています。

そして王騎の蒙武への言葉には、蒙武の将来に対する願いがありましたが、最後まで蒙武を責める言葉は王騎将軍の口から聞かれませんでした。

蒙武に対する王騎将軍の発言は以下の通りです。

「まずは命を賭して活路を開いてくれたあなたの愛馬に感謝を

・・・蒙武 あなたの課題は明白です それはイチイチ私が言う必要もないでしょう

あなたは間違いなくこれからの秦国軍の顔になるべき一人です

そのことをしっかり自覚してさらなる成長を期待します」

自らの責任を痛感している蒙武に対しては、本人の課題は自分が一番よく分かっているはずと、みんなの前で言わなかった点が個人的にはカッコ良かったな~と思います。

おそらく蒙武のプライドも考えてのことだとは思いますが、他人の過ちを指摘する時の参考になるかもしれませんね。

 

敵の文句や不平を言わなかった王騎

また王騎自身は自らの死について、以下のセリフで締めくくっています。

「今回 現れた趙将はいまだかつてない強敵です

今回は見事にしてやられました

ンフフフ 全く困ったものですねェ

いつの時代も最強と称された武将達はさらなる強者の出現で敗れます

しばらく その男を中心に中華の戦は回るでしょう・・・

しかしそれもまた次に台頭してくる武将に討ち取られて 時代の舵(かじ)を渡すのでしょう」

果てなき漢(おとこ)共の命がけの戦い

ンフフフ 全く これだから乱世は面白い」

 

その後に信に対する言葉もありましたが、王騎は自らの死に対しては以上の感想が最後に出てきました。

そこには敵に対する憎しみや不平不満、文句などは一切見られていません。

中華の戦い、乱世というものがどういうものか?

そのことを端的に表現しつつ、その中で男として生まれて自らも一時代を築けたことを心のどこかで誇りに思っていたことでしょう。

そして「乱世が面白い」と言い放つ。

六大将軍としての生き様に不足が無かったという証拠なのだと思いますが、死に際しての潔さは王騎の死に際のカッコよさと言えます。

 

王騎将軍が人気になった理由は?

六大将軍という高い格

ちなみに王騎将軍が人気になった理由は何があったのでしょうか?

一つには王騎将軍は戦に強く実績をあげ続けており、六大将軍という格があったこと。

言うなればスターですね。

これが通常の武将どまりだったり、こう言っては申し訳ありませんが大将軍でありながら「凡庸(ぼんよう)」と評された蒙驁(もうごう)のような武将だったりすれば、王騎将軍はここまでの人気にはならなかったはずです。

秦国の武将としてエース格であり、戦においては第一人者。

それが王騎の人気の理由の一つではなかったでしょうか。

 

王騎将軍は生き様がカッコイイ

また王騎将軍は生き様が単純にカッコいいという部分があります。

そうした部分は戦の中で垣間見えていたことがありました。

特に龐煖との最後の死闘でも、龐煖に振り下ろす矛の力強さから龐煖から「貴様は一体 何者だ」と問いかけられると「天下の大将軍ですよ」と答えた王騎。

千万の人間の命を束ね戦う責任や、それに伴う絶大な栄誉。

ゆえに将軍という存在は重く、まばゆい程に光り輝くと王騎自身が語っていました。

それまでにも龐煖との戦いの中で、王騎は亡くなった味方や敵の想いが自らの双肩に重く宿っていると語っていたことがあります。

そうした重たいものを背負っているカッコよさも、王騎将軍の人気の秘密と言えます。

 

摎(きょう)と結ばれなかった悲劇

またこれも王騎将軍の人気の大きなポイントだと思いますが、婚約者だった摎(きょう)と結ばれなかった悲劇。

これが王騎に対する同情となり、王騎の人気につながったポイントの一つと言えるように思います。

ここで摎と何事もなかったかのように結婚していれば、王騎将軍は地位も名誉も、金も女も手に入れた隙のない完璧な人生になってしまいます。

それだとさすがに可愛くないというか、今のような王騎人気にはならなかった可能性が高いと個人的には思います。

同情をひいたという意味では、摎との関係が悲しい結末に終わったことが、王騎人気につながったと言えると思います。

 

死亡という悲劇

またこれも悲劇だからこそ同情をひいたという意味では、一騎討ちで最後の死を迎えたこと。

しかも単純な龐煖(ほうけん)一騎討ちで敗れて死亡したわけではなく、中華十弓の魏加(ぎか)の矢に一騎討ちの邪魔をされたことは、王騎の死の悲劇を強調したように思います。

強さやカッコよさ、悲恋と戦死での悲劇、そして死に際のカッコよさ。

こうした要素があいまって、王騎将軍の人気が高まった理由と言えそうですね。

 

キングダム王騎将軍の最後の死亡シーンは何巻? まとめ

ここまでキングダムの「王騎将軍死す」ということで、王騎将軍の最後について振り返ってきました。

王騎将軍死す。

それは秦国以外の人にとっては悲願でもあり、同時にそれは王騎将軍の偉大さを示すものでもありました。

王騎将軍の最後は、キングダムの中では早々と訪れることになりましたが、摎との悲劇やその圧倒的な存在感や責任感など生き様のカッコよさも王騎将軍の人気の要因のように思います。

また王騎将軍は死に様もカッコよいものがありました。

自らの死に対して不平不満を一切口にすることなく、蒙武を責めるでもなく、潔いその死に方もその存在感や人気を高めた要因だったのかもしれません。

また王騎将軍は最後には殺されることになってしまいましたが、龐煖との一対一の戦いは内容は勝っていたと言えるものでした。

魏加の矢さえなければ・・・

私もそう思う部分はありますが、李牧・龐煖・魏加という3人がかりでないと王騎将軍は倒せなかったはずで、それは王騎将軍の強さを引き立たせたことだったようにも思います。

ただ死後も王騎将軍は、キングダムの中で登場してきていますので、今後もどこかで王騎将軍が登場する場面があるのかもしれません。

そんな想像をしながら、キングダムの王騎将軍の最後に関するご紹介を終わります。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

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