キングダム蒙武(もうぶ)の史実!武器や年齢・身長とその最後は自殺か

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キングダムは古代中華を舞台にした歴史マンガですが、それだけに多くの武将が物語に登場してきます。

ここにキングダムには自らが中華最強であるという武の証明にしか興味を示さない蒙武という人物がいますが、この人物は歴史に実在していた人物として知られています。

それではこの蒙武の史実での活躍はどのようなものがあるでしょうか?

またキングダムでは蒙武は当初は呂氏四柱として呂不韋側の武将として登場してきましたが、史実でも同じように呂不韋と関係があったのでしょうか?

そして蒙武は史実でどのような最後を迎えたのでしょうか?

ここでは歴史に実在したキングダム蒙武の史記での記録を見ていきながら、キングダムの中での蒙武のキャラクターを振り返って、キングダムでの最後の死に方について考察していきます。

 

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キングダム蒙武(もうぶ)の史実での活躍は?

歴史に実在した蒙武の史実での活躍は?

ではキングダム蒙武将軍の史実での活躍を見ていきますが、蒙武は楚との戦いでの功績が記録に残されています。

  • 紀元前224年(始皇23年):秦の副将軍として、王翦(おうせん)将軍とともに楚を攻撃して大勝利をあげ、敵将の項燕を討ち取った。(項燕は自殺したとも言われています。)
  • 紀元前223年(始皇24年):蒙武は王翦の副将となって共に楚を攻め、楚王負芻(ふすう)を捕虜とし、楚を滅ぼした。

この記事を書いている段階では、蒙武は王翦とは戦ったことがありませんが、楚の攻略戦に至って蒙武は王翦の副将として活躍したという記録が残されています。

またどちらも蒙武は王翦の副将としての位置づけとなっています。

蒙武単独での武功は記録に残されていませんが、失われた記録も多かったはずですし、王翦の副将として活躍するまでにも小さな戦いでは武功をあげていたからこそ、楚の攻略という重要な戦いで王翦の副将を務めたのでしょう。

ですのでおそらくですが、蒙武には史記には残されていない武功もあると思われます。

 

史実の蒙武の父親・息子は?

またキングダムでは蒙武のお父さんは蒙驁(もうごう)で、蒙武の息子に蒙恬(もうてん)・蒙毅(もうき)の兄弟がいましたが、この家族関係は史実でも同様です。

歴史に残された記録では、蒙武の父親の蒙驁は斉から移って秦の昭王に仕えたことになっています。

 

ただキングダムの中では蒙驁は、蒙武を連れて各国を巡ったことになっています。

斉から趙や魏、楚や韓などで武将として出世しようとしたもののダメで、秦でようやく芽が出たことになっています。

ここは蒙驁は、斉から秦に直接向かったのか?

それとも他の国を巡った上で、秦で武将として目が出るようになったのか?

それは歴史の記録からはハッキリとしたことは分かりませんが、中華の東の果ての斉から西の果ての秦に向かったのであれば、蒙驁は途中の国々でも武将としてチャレンジしていたとしても不思議ではないかもしれません。

またその他の蒙武の家族に関してまでは、史記にも詳しい記述は残されていません。

どのようにでも想像できるという意味では、人それぞれ様々なことが想像できるということになりますし、それは歴史の一つの面白さと言えます。

 

蒙武の出身地は?

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(引用:キングダム)

では蒙武の出身地はどこになるのでしょうか?

蒙武の父親の蒙驁(もうごう)は斉から秦に移り住んでいますし、キングダムではその途中で他の様々な国で武将として名を上げようとしたことになっています。

ですので蒙武の生まれた土地は、燕を除く斉・趙・魏・楚・韓・秦の六か国の可能性があります。

またキングダムでは蒙驁が亡くなった時、蒙驁と蒙武は一緒に旅をしていた姿も描かれていました。

そして蒙驁は蒙武に対して「思いきって楚にでも行ってみるか」と語る姿もありましたね。

(単行本34巻 第365話「白老の言葉」)

またキングダムでは蒙驁の移動は上記のようになっています。

そして蒙驁が楚に行く前ですと、魏・趙・斉という国がありますので、このどれかが蒙武の出身地ということになってきます。

この時の蒙武は、すでに小学校の低学年ぐらいの年齢だったでしょうか。

そうなると7~9歳ほど。

そして「思いきって楚にでも行ってみるか」と言っていたのは、魏でのことだったはず。

ここから7~9年前ですと、おそらく蒙驁が斉にいた頃に蒙武が生まれていた可能性は高かったと思います。

つまり蒙武の出身地は斉ということになります。

 

ただこれはキングダムでの話。

史実では蒙驁は斉から秦へ移り住んだことは分かっていますが、蒙驁がそれ以外の国でも武将として活躍しようとしたかは不明です。

ですので史実での記録だけで見れば、蒙武の出身地の可能性は斉か秦のみですね。

ちなみに蒙武の史実での活躍は紀元前224年~223年のこと。

これが40歳ごろのことだとすれば、蒙武が生まれたのは紀元前224+40年=紀元前264年あたりになります。

そして父親の蒙驁の史実での活躍は紀元前249年からで、これは秦での活躍の記録で蒙武誕生から15年後ほど。

こうなると史実では蒙武の出身地は斉となるでしょうか?

ただこの推測も、蒙武の史実での活躍が40歳ほど見込んだ場合ですし、この辺りは非常に微妙な問題と言えるかもしれません。

 

蒙武と呂不韋の史実での関係は?

またキングダムでは蒙武は呂不韋(りょふい)の配下として登場してきました。

呂氏四柱(りょししちゅう)―――

それは呂不韋の抱えた食客(しょっかく)の中の特に4人の優れた人物(法を司る李斯・軍事を司る昌平君と蒙武・外交等の相談役である蔡沢)を指しますが、この中の一人として蒙武は登場しています。

ただ史実での記録では、蒙武と呂不韋がそのような関係にあったという記録は残されておらず、李斯は呂不韋との関係があったことが記録に残されていますし、昌平君も呂不韋を補佐していたことは記録に残されています。

ですので呂氏四柱や呂不韋と蒙武の関係は原先生の創作だと思われますが、この時期には戦国四君と言われた優れた人物が優れた人材を抱えて天下にその名をとどろかせていて、これに対抗して秦の呂不韋も三千人の優れた人物を集めていたと言われています。

史実でもこの三千人の人物の中に蒙武もいたが記録に残されていなかった、という可能性も無くはないかもしれませんね。

 

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キングダム蒙武(もうぶ)のキャラクター設定は?

キングダム蒙武の武器は?

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(引用:キングダム)

ではキングダムの蒙武のキャラクター設定を見ていきたいと思いますが、蒙武の武器は「錘(すい)」という武器です。

キングダムの中では汗明が大錘(だいすい)を使っていることは明記されていますが、蒙武が使用している武器については詳しい記述はありません。

ただ「図解 キングダムの戦」のP.73 に、「『キングダム』では汗明、蒙武などが大錘を使用していました。」という記述があります。

また蒙武の使っているは充分な太さもあるため、刀や槍などの武器に対しても武器ごと粉砕することもあるほどの威力があると思われます。

蒙武ほどの体のサイズがあるからこそ、この大錘を扱えるのだと思いますが、それだけに使い手を選ぶ武器と言えるかもしれません。

 

キングダム蒙武の身長・年齢は?

ちなみに蒙武の身長はどの程度でしょうか?

キングダムでは詳しく記述されていませんが、王騎将軍よりも頭一つほど高い身長ではありました。

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(引用:キングダム)

(単行本11巻 第111話「任命」)

六将・王騎は180㎝ほどの身長ではあって欲しいと思いますが、そうなると王騎より頭一つほど高い蒙武はそこから約20㎝は身長が高いと考えて、蒙武の身長は約200㎝となります。

 

また蒙武の年齢は何歳でしょうか?

息子の蒙恬(もうてん)の年齢なら明確に記載されていますので、ここから推測してみることにしますが、王騎が亡くなって一年と半年という時期。

この時点で蒙恬は18歳であることが記載されています。

(単行本17巻 第183話「第三勢力」)

蒙恬が生まれたのが蒙武が20歳の頃だとすると、蒙武はこの時点で38歳。

ちなみに王騎が死亡したのは紀元前244年の春。

そこから1年半ですので、紀元前243年の秋ぐらいが蒙恬18歳=蒙武38歳になります。

蒙恬が生まれた時の蒙武の年齢は多少前後があると思いますが、紀元前243年で40歳前後が蒙武の年齢と言えそうです。

 

キングダム蒙武の能力値は?

また蒙武は中華最強であることを証明したい武将ですが、能力値はどうなっているでしょうか?

公式ガイドブックによると以下のようになっています。

  • 武力・・・99
  • 指揮力・・92
  • 知力・・・86
  • 経験値・・A
  • 道・・・・天下最強!

 

武力は突出したものがあり、100が龐煖でしたので数値だけで言えば2位ですが、実際の戦いを振り返っていくと蒙武が2位とは単純には言えないかもしれません。

 

父親・蒙驁の死

またお父さんの蒙驁(もうごう)が亡くなった時のことを振り返りたいと思います。

蒙驁危篤(きとく)―――

この知らせに孫の蒙恬や李信は蒙?の元に向かうものの、息子の蒙武は戦場から離れないという選択をしました。

この事実に蒙恬は舌打ちをしていましたが、ただ蒙驁と蒙武の間にはこの点について別の気持ちがあったように思えました。

生まれ故郷の斉で芽が出ず、国々を転々として息子の蒙武と共に苦労を重ねてきた蒙驁。

息子の蒙武は蒙驁死去の知らせを聞いて、寝るところを探すことにも苦労していた父親蒙驁との日々を思い出していました。

父親に抱かれながら納屋のワラの上で寝ていた二人。

蒙驁死去で思い出した蒙武の思い出は、父親蒙驁の温かさだったように思います。

「すさまじい長旅であったな・・・ 親父殿」

この時蒙武は、どこかで人知れず涙したように思います。

(単行本34巻 第365話「白老の言葉」)

 

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キングダム蒙武(もうぶ)の最後の死因は自殺?

蒙武は戦死する?

では蒙武の最後に関する考察ですが、史記などの歴史書には蒙武の死については何も記録が残されてはいません。

史実で蒙武が武功をあげたのは楚との戦いでしたが、その後まで秦は中華統一の戦いを続けていましたので、蒙武はその後の戦いで戦死した可能性もあるかもしれません。

ただそうであれば、蒙武の戦死が記録に残されていても不思議ではないように思います。

2千年以上前のことですので失われた記録もあると思われますが、秦の中華統一に向けた戦いの記録は残されていますし、そこに蒙武戦死の記録がないのであれば、蒙武は戦死していなかったと考えられます。

 

蒙武は天寿を全うする?

では戦死しないのであれば、蒙武はどのような最期を迎えるのでしょうか?

戦死しないとなると病気や老衰による死亡など、天寿を全うした最後を迎えると予想されます。

父親・蒙驁と同じように、天寿を全うという最後を迎える中で、蒙恬・蒙毅の兄弟やその他に蒙武と関係のあった武将が、その最期を看取るのかもしれません。

ちなみに蒙武の子供の蒙恬は、史実では家柄によって将軍職を継いだことになっています。

それほど蒙驁・蒙武が築いた地位は高いものがあったと言えます。

 

蒙武は自殺する?

また気になるのは蒙武が背負っているものについて、658話辺りから昌平君の姿が描かれるようになっています。

これが何を意味するのか?

これはキングダム原先生の読み切り「蒙武と楚子」(キングダム総集編Ⅱに掲載)に関係することかもしれません。

 

ちなみに楚子(そし)というのは楚の公子である昌平君のことなのですが、この読み切りの中で蒙武と昌平君は2人の名を天下に轟かせることを誓い合っています。

これは信と漂の熱い友情に似たものがありますが、同じような展開がキングダムで描かれる可能性がありますが、しかし史実では昌平君は最後に秦を裏切ることになっていきます。

 

そして裏切った昌平君に対峙したのは、史実では王翦と蒙武の2人でした。

ここで史実では昌平君は戦死することになるのですが、もしも蒙武が昌平君を討ったとすれば、友である昌平君を討ち取った蒙武の心境はどうだったのでしょうか・・・

友である昌平君に対して申し訳ない気持ちが強くなってしまうと、蒙武は自殺するという最後を遂げるのかもしれません。

今後の蒙武と昌平君の動向に要注目ですね!

 

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キングダム蒙武(もうぶ)の史実と最後 まとめ

ここまで歴史に実在したキングダム蒙武の史実の活躍や、キングダムでの蒙武のキャラクター設定を見ていき、その最後の死について考察してきました。

史記といった歴史書に残された記録は、楚との戦いのみですが、ここに至るまでは蒙武も小さな武功を多く重ねていたと思われます。

またキングダムの中では自らが中華最強であることを示すという「武の証明」のみに関心を持つ人物として描かれていて、実際に傑出した武の持ち主でもあります。

それだけに体のサイズも恵まれたものがありますし、強力な大錘(だいすい)という武器を扱うほどで、これからも秦の中華統一に貢献していく姿がキングダムでも描かれることでしょう。

また最後の死については、戦死の可能性も否定できない一方で、史記にも蒙武戦死の記録は残されていませんので、キングダムの中でも天寿を全うする可能性も考えられます。

そうなると蒙武死去の時には父親・蒙驁の死の時と同じように、感動的なシーンになるかもしれません。

とはいえ蒙武の背負っているものがキングダムの中で描かれてきて、それが昌平君に関係するものであることが示されています。

そうなると史実では昌平君を倒したのは王翦と蒙武でしたが、キングダムの中で蒙武の刃で昌平君をが戦死したという展開になれば、その後に昌平君に対する申し訳ない気持ちが強くなると、蒙武は自殺するという最後を迎えるのかもしれません。

今後の蒙武と昌平君の展開が見ものですが、それではここまで歴史に実在した蒙武という将軍に関する史実や最後に関する考察を終わります。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

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