キングダム李信の年齢は何歳?初陣や千人将など出世・地位まとめ

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キングダムは古代中国を舞台にした物語で、信という主人公がのちに秦の始皇帝となる政と出会って大将軍を目指していくというストーリーです。

この主人公の信は第641話で李信と名乗ることになり、642話でついに将軍に昇格することになりました。

信は現在は将軍の位についたことになりますが、鄴攻めではあの趙三大天の龐煖(ほうけん)を討ち取ったのですから、これは妥当な結果だったと思います。

それではこの李信の年齢は一体何歳なのでしょうか?

また信は初陣から活躍していましたが、初陣は何歳のことだったでしょうか?

李信と名乗ることになった信のこれまでの出世を振り返りながら、信が位や階級を上げたのは何歳のことだったのかを振り返っていきたいと思います。

それでは最後までお楽しみください♪

 

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キングダム信の年齢の年表まとめ

信は紀元前237年で22歳!

さて信の年齢を見ていきたいと思いますが、ヒントになっていたのは単行本45巻です。

485話「蒙恬(もうてん)の報せ」の回で、信が22歳であることが描かれていました。

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(引用:キングダム)

では信が22歳だったのは紀元前で言えば何年のことになるのか?

信が22歳であることが判明したのは黒羊の戦いの直後のことで、次の486話「文官達の戦い」の回で、趙の李牧が斉王と共に秦に来朝する場面が描かれています。

これが始皇10年、紀元前237年と記されていました。

趙の李牧と斉王が秦を訪れた時と、それほど間を置かずに信が22歳である場面が描かれていましたので、つまり紀元前237年=信が22歳の時、ということになります。

 

キングダム信の年齢を年表にまとめると?

この当時が満年齢(生まれた年を0歳とする方法)なのか、数え年(生まれた年を1歳とする方法)かは分かりません。

ただ日本も古くは数え年でしたので、この頃の中国でも数え年だったということで考えていきたいと思います。

そうすると信の年齢は以下のようになります。

(数え年ですので、1歳の時が生まれた年になります。)

西暦 出来事 信の年齢
紀元前258年 信の誕生 1歳
紀元前245年 1巻登場、初陣 14歳
紀元前244年 王騎死亡 15歳
紀元前242年 魏との山陽の戦い 17歳
紀元前241年 函谷関の戦い 18歳
紀元前240年 著雍の戦い 19歳
紀元前238年 黒羊の戦い 21歳
紀元前236年 秦の鄴攻め 23歳

 

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キングダム信の年齢は分かりにくい?

紀元前243年に17歳になるかも?

ただしかしキングダムをひも解いていくと、信の年齢は分かりにくいところがあります。

「王騎が死して一年と半年」というタイミングで、信が17歳であるとも記されています。

(単行本17巻 第183話「第三勢力」)

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(引用:キングダム)

 

これを検証していきますが王騎が出陣したのは始皇3年の3月です。

(単行本11巻 第114話「王騎出陣」)

そして咸陽から出陣して、戦場の馬陽(ばよう)までは15日の道のりでした。

(単行本11巻 第114話「王騎出陣」)

 

また王騎が死亡したのは、その戦いが始まってから5日目のこと。

(単行本15巻 第156話「到着」)

 

つまり3月から→15日経過→5日経過して王騎死亡ということになります。

ですので王騎が死亡したのは、始皇3年の3月から遅くても4月までの間のはずです。

 

そして始皇3年というのは、紀元前でいうと244年。

つまり王騎が亡くなったのは紀元前244年の3~4月頃のことだと思われます。

そこから一年半が経ったというと、紀元前243年9~10月に信は17歳だったということことになります。

しかし上の表では、紀元前243年には信は16歳ということになります。

ここで少し年齢のズレが見られるんですね。

 

信の誕生日は9月以前?

一つ考えられるのは、信の誕生日が9月以前であること。

そうすれば紀元前243年の誕生日前までは表のように16歳になり、9~10月までに一歳年を取って17歳になった。

これが考えられる一つの可能性です。

ただここには一つの問題があります。

それは数え年の問題です。

ご存知のように「数え年」の特徴は、生まれた年を1歳とすることと、正月(1月1日)に年を1歳取ることです。

つまり誕生日がいつであろうと1月1日に1歳年を取るので、上記の赤文字で書いた部分のように、一年のうちのどこかで年齢が変わるということはあり得ないということになります。

 

数え年ではなく満年齢?

または最初の設定として、この時期の中国が数え年ではなく満年齢だった。

その可能性もあるのかもしれませんが、この点は検証が難しい点です。

そしてキングダムが好きな私としては、原先生が何らかの間違いをしたとは考えたくないところです。

何かつじつまの合う良い方法は無いでしょうか?

 

「王騎の死から一年半」がアバウトな数字?

あとは考えられるのは「王騎が死して一年と半年」という記述がアバウトだったという可能性です。

もう一度振り返ると「王騎が死して一年と半年」というタイミングで信が17歳であるという記述からは、紀元前243年9~10月に信は17歳となります。

ただ蒙恬との会話で出てきた年齢を元にすると、紀元前243年は信が16歳とここでズレが出るんですね。

(485話では信が22歳、そして486話では紀元前237年と記述がありますが、この2話の期間は短くこの間に年を越したとは考えいにくいんですよね。)

しかし「王騎が死して一年と半年」という記述が実際は2~3か月ほど長ければ、紀元前242話に信が17歳だったという可能性が出てきます。

これで蒙恬との会話での年齢の記述と一致することになります。

そして繰り返しになりますが485話と486話の間が短く、ここは誤差が生じていないだろうと考えると、ここを基準に信の年齢を考えるのが妥当だとここでは考えていきます。

つまり、先ほどの表に記載したのが信の年齢として考えていきたいと思います。

 

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キングダム政や蒙恬、王賁などの年齢は?

政は何歳?

また政の年齢は何歳でしょうか?

政は秦の始皇帝なので、記録は多く残されていますし、キングダムの中でも政の年齢が出ていた場面がありました。

単行本8巻の第81話「別離」で、政の趙での恩人である紫夏(しか)が亡くなった回で、政が秦の都である咸陽(かんよう)に戻った時、年齢が9歳であった時が紀元前251年であることが描かれています。

上記の表では信はこの年が8歳ですので、政は信より一歳年上ということになります。

 

蒙恬は何歳?

また蒙恬は信が22歳であることが分かった回で、蒙恬は信の年齢を「オレの一コ下」と言っていました。

(単行本45巻 第485話「蒙恬(もうてん)の報せ」)

ですので蒙恬も信より一歳年上ということになりますね。

 

王賁は何歳?

また王賁は何歳なのでしょうか?

このヒントになるのは単行本17巻。

第183話「第三勢力」の回で、王賁18歳、信17歳、蒙恬18歳であることが描かれています。

ですので王賁は政や蒙恬と同い年で、信より一歳年上ということになります。

 

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キングダム信の初陣は何歳で何巻?

信の年齢と出世の年表まとめ

それでは信の出世の年齢を年表にまとめますが、以下のようになります。

西暦 階級 信の年齢
紀元前245年 初陣、百人将 14歳
紀元前244年 三百人将 15歳
紀元前242年 千人将 17歳
紀元前241年 三千人将 18歳
紀元前239年 四千人将、五千人将 20歳
紀元前236年 将軍 23歳

それでは信の活躍と昇進を振り返っていきましょう

 

信の初陣は何歳で何巻?

それでは信は初陣(ういじん)からご紹介してきますが、信の初陣が描かれたのは単行本では5巻

第49話「伍」の話の中で、信の初陣の年が描かれています。

これが行われたのが紀元前245年と描かれています。

先ほどの表に当てはめてみると、これは信が14歳のことになります。

この時の戦いでは、魏の歩兵隊長や戦車に乗っていた戦車長を討ち取ることにも成功。

また秦の縛虎申(ばくこしん)が宮元(きゅうげん)という魏の敵将を討つ時にも信は同行して、黄離弦(こうりげん)の的確な矢をしのぐという活躍を見せています。

また「将狩り」の異名を持つ朱鬼(しゅき)・麻鬼(まき)が秦の麃公(ひょうこう)の首を狙った時には、信は麻鬼を討ち取るという手柄もあげています。

14歳の初陣でこれだけの活躍をしたというのは驚きですね。

 

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キングダム信の出世はいつ何歳・何巻?

百人将は何歳・何巻?

それでは次に、信が出世した時の年齢を見ていきましょう。

まず信が百人将になった時ですが、これは信が初陣(ういじん)を飾った蛇甘(だかん)平原の戦いの直後のことでした。

この昇格が年をまたいで行われたかは不明ですが、不明の場合はその年のうちに論功行賞が行われたものとしていきますが、そうすると蛇甘平原の戦い=信の初陣=14歳の時に信は百人将になったと言うことになります。

(8巻 第82話「百将」)

また信は初陣の一戦で百人将になりましたので、伍長にはならなかったことになります。

 

三百将は何歳・何巻?

また信が三百将に昇格したのは、王騎が亡くなった趙との戦いの後のことです。

特に論功行賞はここでも描かれていませんでしたが、王騎が亡くなったのは始皇3年(紀元前244年)

(16巻 第172話「継承」)

そして信が三百将になっていたのは17巻の第174話「三百将」の時のことで、この174話では始皇4年(紀元前243年)と記載されています。

ただ王騎が趙との戦いに出陣したのは始皇3年(紀元前244年)の3月のことで、この趙との戦いは年をまたいで行われていません。

そのすぐ後に信が三百将に昇格したとすれば、信が三百将になったのは始皇3年(紀元前244年)のことだと思われます。

ですので信が三百将になったのは15歳の時になります。

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臨時の千人将になったのは何歳・何巻?

また信が臨時で千人将になったのは蒙驁(もうごう)将軍の元で、廉頗(れんぱ)将軍と対戦した時のことでした。

(19巻 第200話「千人将」)

この時は廉頗四天王の輪虎(りんこ)の手によって、次々と秦軍の千人将が討ち取られることになってしまいました。

そこで蒙恬と王賁が臨時的に千人将に昇格。

悔しがっていた信でしたが、人を見る目のある蒙驁(もうごう)が信も千人将に昇格させることを告げることになります。

ただしそれは蒙驁の独断ゆえに、周りを納得させるために厳しい条件が付けられていました。

敵の千人将なら三つ以上、将軍なら一つ以上の首をあげること。

これが出来ない場合には三段階降格して伍長からやり直す、という厳しいものでした。

しかし信は悩む所じゃねェと言って、即決で臨時の千人将を受けることになります。

これは魏の山陽地方を攻略する戦いのときのことで、18巻の第189話「揃い踏み」では始皇5年のことと書かれています。

始皇5年は紀元前で言えば242年。

信、17歳の時のことになります。

 

論功行賞で正式に千人将になったのは何歳・何巻?

また先ほどの千人将は臨時の肩書でしたが、この山陽をめぐる戦いでの功績によって信は第三功を授かることになります。

この論功行賞は単行本23巻の第243話「論功行賞」で描かれていますが、山陽攻略の戦いを終えて故郷まで帰るのがおよそ一カ月であることが、その前の第242話「見送り」で描かれています。

論功行賞はそれからしばらく経ってからのことになりますが、山陽攻略の戦いから年をまたいでいないと考えると、信が正式に千人将になったのは、臨時で千人将になっと時と同じく17歳のときのことだったと思われます。

 

論功行賞で三千人将になったのは何歳・何巻?

次に信が三千人将になったのは何歳のことだったでしょうか?

この時の論功行賞が描かれたのは、単行本33巻の第355話「特別功」の回のことでした。

合従軍との戦いで、趙の万極将軍を討ち取るという武功をあげ、南道から咸陽(かんよう)に迫ろうとした李牧軍を麃公(ひょうこう)軍と追撃して刻(とき)をかせいだこと。

そして蕞(さい)での戦いでは、南壁の将として先頭に立って守り抜き、龐煖(ほうけん)を倒せなかったにせよ、一騎打ちを行って武威を示したこと。

これらが評価されて、信はここで三千人将に昇格することになりました。

この合従軍との戦いが終わって、蕞を守り切ることができたのは紀元前241年であることが、キングダムの中にも記されています。

(33巻 第352話「不抜」)

この年のうちに合従軍との戦いの論功行賞が行われたという仮定ですが、これは信が18歳の時のことになります。

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四千人将になったのは何歳・何巻?

次に四千人将になったのはいつのことでしょうか?

単行本では35巻の第373話「大いなる成長」の回。

ここで河了貂(かりょうてん)の口から信が先日四千人将に昇格したことが語られていました。

特に論功行賞の様子は描かれておらず、またこの時は蕞(さい)の戦いから約二年が経ったことも描かれています。

蕞の戦いは合従軍の戦いの終わりでもありましたので、それが紀元前241年。

その二年後は紀元前239年のことになりますので、信が四千人将になったのは20歳のことになります。

 

信が五千人将になったのは何歳・何巻?

それでは信が五千人将になったのはいつのことでしょうか?

これは単行本38巻の第407話「五千人将」の回で出てきます。

信は著雍(ちょよう)の攻略戦で、魏の大将軍・霊凰(れいおう)の首を取るという武功を上げています。

その著雍の戦いの論功行賞で信は五千人将となりましたが、この著雍の戦いの始まりでは合従軍の侵攻が二年前であることが記されています。

(単行本35巻 第379話「新たな要所」)

ですので著雍の戦いは、紀元前241年から2年後の紀元前239年。

著雍の戦いが終わってから年をまたがずに論功行賞が行われた仮定ですが、紀元前239年に五千人将になったとすれば、これは信が20歳の時のことになります。

四千人将から五千人将までは、一年で駆け抜けたことになります。

 

信の現在の位は将軍!

また642話でついに信は将軍になりました!

これは秦の鄴(ぎょう)攻めの時の論功行賞でしたが、この鄴攻めが行われたのは始皇11年のこととキングダムの中でも記されています。

(単行本46巻 第500話「進軍路の兵達」)

この鄴攻めの論功行賞は、戦いが終わってから五カ月が経過してからですが、これも年をまたいでいないと仮定すれば、始皇11年=紀元前236年に李信となった信は将軍になったことになります。

これは李信23歳の時のことになります。

 

キングダム信の年齢 まとめ

ここまでキングダムの主人公の信の年齢と、信が出世したのがいつ何歳で何巻に記載されているのかをお伝えしてきました。

信は大将軍を目指して漂(ひょう)と特訓に明け暮れていただけに、初陣(ういじん)でも優れた功績を上げてすぐに百人将になっています。

その後も信こと李信は順調に出世を続けて、将軍になったのも23歳のことでした。

蒙恬と王賁は一歳年上ですので、2人が将軍になったのは24歳ということになります。

あとはここからいつ大将軍になるのか?

六大将軍に選ばれるのか?

この点が注目されていきますが、今後の李信の活躍が楽しみですね。

それではここでキングダム信の年齢に関する考察を終わります。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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