キングダム騰(とう)の史実!実在したモデルと最後の死に方は

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キングダムは秦の始皇帝の時代の歴史マンガですが、多くの特徴的なキャラクターが出てきます。

この中で「ファルファル」の効果音が特徴的なキャラクターに騰(とう)という人物がいます。

この騰は、元は六将・王騎将軍の副官という立場でしたが、王騎亡き後は秦を支える有力な将軍として活躍を広げています。

キングダムでは史実に存在しない創作のキャラクターも存在していますが、この騰は史実で実在したモデルは存在するのでしょうか?

また史実での騰の最後の死亡は、どのような形だったのでしょうか?

そしてキングダムの中では、騰はどのような最後を迎えるのでしょうか?

ここでは騰の史実に関してご紹介していきながら、騰のキャラクター設定なども振り返っていき、騰のキングダムでの最後の死亡について考察していきます。

それでは最後までお楽しみください♪

 

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キングダム騰(とう)は史実で実在したモデルがいる?

キングダム騰は名字が残っていない?

では騰の史実について見ていきたいと思いますが、この騰は歴史に実在していた人物で、「内史(ないし)」という役職名が記録に残されています。

この内史という役職は「首都近辺の長官」という役職で、その地域を統括するポジションと言えます。

ちなみに騰の本名は騰と書かれているだけで、名字は記録に残されていません。

役職名を付けて「内史騰」と呼ばれています。

そんな騰は元は韓の将軍だったようですが、秦に投降したことになっています。

韓から投降した将軍だったことで秦において軽く扱われたから、名字まで記録に残されていなかったのでしょうか?

それともキングダムの信のように、元は戦争孤児だったため親の姓が分からなかったのでしょうか?

この点は定かではありませんが、名字が明らかであれば一般的には名字まで記載していたはずですので、もしかすると戦争孤児であった可能性はあったのかもしれません。

またキングダムでは王騎将軍の副官として、最初から秦で武将として活躍していましたが、史実では元は韓の武将でこの点はキングダムとの違いがあるようです。

 

騰の史実での活躍は?

そして騰の史実での武功は以下のようになっています。

紀元前230年:内史の騰が韓を攻め、韓王・安(あん)を捕虜にした。韓の地はことごとく秦に併合され、直轄地として潁川郡(えいせんぐん)と名付けられた。

(参考文献:徳間書店 史記Ⅲ 独裁の虚実)

韓の将軍だった騰が韓を滅ぼすという役割を担わされた点は、騰が韓の地理に熟知していたことも関係しているのかもしれませんね。

ちなみにこの時、騰は10万の軍勢を率いたとも言われています。

その他では騰については歴史に記録された「武功」というものはなく、南陽郡や南郡の郡守(郡の長官)になったという記録が残されています。

騰は将軍としてだけでなく、一地方を治める能力にも長(た)けていたのかもしれませんし、秦が中華を統一しつつある中で臣下は武将として敵を倒す能力よりも、徐々にですが一部の地域を治める能力が求められていたと言えるのかもしれません。

また武将として人をまとめる能力は、一部地域の人々をまとめて治める能力と近いものはあったのかもしれませんね。

 

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キングダム騰(とう)の身長や年齢など基本情報

キングダム騰の初登場は何巻?

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(引用:キングダム)

ではキングダムの騰の基本情報を見ていきたいと思いますが、まず騰は六将・王騎の副官として初登場しています。

(単行本4巻 第35話「合力」)

この後、王騎将軍は趙との戦いで死亡してしまいますが、この時には王騎将軍から次のような言葉をかけられています。

「本来、あなたの実力は私に見劣りしません」

六将・王騎の実力に見劣らないという評価は、まさに激賞(げきしょう:盛んに褒めたたえること)と言えます。

六将・王騎に早くから付き従っていて、王騎との付き合いで言えば第一軍長の録嗚未(ろくおみ)よりも長く、誰よりも古参だった騰。

そんな騰の能力値はどれくらいなのでしょうか?

 

キングダム騰の強さは?

キングダムの公式ガイドブックによると、騰の能力値は以下のようになっています。

  • 武力・・・96
  • 指揮力・・94
  • 知力・・・94
  • 経験値・・S

 

その他の特徴は「録嗚未をいじりたおす」

これが公式ガイドブックに書かれている騰の能力値になっています。

見てみると党は武力が96と高い数値ですし、知力も94と高い数値を誇ります。

明確に記載されているわけではありませんが、高い知力やこれまでの戦い方からすると、王騎と同様に騰は知略型と言えそうです。

 

キングダム騰の身長は?

またキングダム騰の身長はどの程度でしょうか?

騰の初登場の時のことを振り返ると、騰は王騎将軍と同じぐらいの身長であることが分かります。

王騎に比べると、少し騰の身長が低いぐらいでしょうか?

ですので王騎が180㎝あったとすると、騰も180㎝ほどだと思われます。

 

キングダム騰の年齢は?

ではキングダム騰の年齢は何歳なのでしょうか?

騰のハッキリした年齢はキングダムにも描かれていませんが、騰が王騎軍の最古参であることは描かれています。

(単行本26巻 第283話「互いの自負」)

騰が王騎軍の最古参であるとすれば、王騎と騰の年齢はそれほど離れてないのかと思いましたが、王騎は自ら先頭に立って戦う武将でもありますので、古参であっても戦死しているケースも多いと思われます。

そうすると王騎と騰は、8~10歳の年の差があっても不思議ではないのかもしれません。

そして王騎が亡くなったのは40歳ほどでしょうか?

そうすると王騎が亡くなった時に、騰は約30歳だと思われます。

現在はキングダムは紀元前235年まで話が進んでいて、王騎が亡くなったのは始皇3年の紀元前244年。

ということは現在は王騎が亡くなって9年経っていますので、紀元前235年の時点で騰は約40歳ほどと思われます。

 

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キングダム騰(とう)の最後の死に方は?

騰は戦死した?

また騰の最後の死に方についてですが、史実には騰の死亡については何も記録が残されていません。

騰は名字も記録に残されていないぐらいですので、その最後について記録が残っていないことは不思議ではないと言えます。

また秦の中華統一の年に亡くなったとも言われており、この時期に死亡したのであれば戦死ではないようには思えます。

それに韓を滅ぼした将軍の戦死であれば、史記などの歴史書にその事実が記載されていても良いはずです。

とはいえ古い時代のことだけに、失われた記録が多いことも確かだと思いますし、実際に戦死かどうかも今となっては想像の域を出ないということになります。

キングダムではかなり強い将軍として描かれていて、2番目の大将軍になったほどの人物。

少なくともキングダムの中では、戦死という形で最後を迎えることはないのかもしれません。

 

騰は天寿を全うする?

また騰は戦死しないのであれば、天寿を全うすることも考えられます。

秦の中華統一まで生きていたと言われる騰。

史実でもこの後に病死などの自然死を迎えたことも考えられますし、キングダムが中華統一からどこまでが描かれるかにもよりますが、キングダムの中では騰の死は描かれないかもしれませんし、天寿を全うしたという形でその最後を迎えるのかもしれません。

 

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キングダム騰(とう)の史実と最後 まとめ

ここまでキングダム騰の史実と基本情報、そしてその最後についてご紹介してきました!

騰は元々は韓の武将でしたが秦に投降して、母国である韓を滅ぼしたことが歴史に記されています。

またその名字が記載されておらず、内史という役職名をつけて「内史騰」と呼ばれています。

そしてその最後については記録が残されておらず、秦が中華統一した年に死亡したとも言われています。

失われた記録も多かったはずの古代中華の記録。

それだけに様々な想像ができる余地が残されていると言えますが、騰は秦が中華統一した時代まで生きていたのであれば、戦死していないのではないか?と想像されます。

今後のキングダムでの活躍も楽しみですが、それでは以上でキングダム騰の史実とその最後に関する考察を終わります。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

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