キングダムは古代中華を舞台にした大人気漫画で、62巻まで発行されていて累計8300万部を突破しています。
そんなキングダムのメインキャラである秦王・政ですが、歴史上ではのちに秦の始皇帝として君臨することが明らかになっています。
その始皇帝こと秦王・政は、いつ死ぬことになるのでしょうか?
またキングダムでの政の最後はどのように描かれるのでしょうか?
こちらでは秦王政が死ぬ場面について、歴史の記録からの推測と漫画キングダムでの考察を交えてお伝えしていきます。
政の死について歴史の記録とは違う展開も最後の方で予想していますので、最後までお楽しみください。
Contents
キングダム政が歴史通りに死ぬならいつ?
キングダム38巻やっとゲットしたよー!
原先生曰く、加冠の儀が第一部らしい👑
政は49歳で死ぬからあと29年分をどう進めるのか… pic.twitter.com/WBH8ZQjTIZ— Maichen (@Lutz_Blitz830) June 30, 2015
さてキングダムの政がいつ死ぬのか?という点についてですが、これまで政が死にかける場面がありました。
それが合従軍編の蕞(さい)攻防戦での出来事で、この戦いでは政は自ら出陣してきますが、そこで敵兵から斬りつけられる場面がありました。
これは単行本では32巻・第341話「秘密の露見」でのことになります。
ただこの時には政は死なずに済んでいますし、単行本8巻から9巻にかけて政は呂不韋から暗殺集団を差し向けられたこともありました。
このようにこれまでの政は命の危険にさらされたことが何度かありますが、普通に考えればキングダムでの政の死亡は歴史通りの時期になると思われます。
ご存知のように基本的にキングダムは歴史に基づいて物語が進んでいるからです。
(もちろんキングダムはフィクションですので、歴史には実在しない武将も登場してきますし、政や李牧が歴史上で登場していない場面で登場することもありますが。)
では歴史的には政がいつ死亡したか?についてですが、これは紀元前210年であることが分かっています。
それでは歴史上での政は、どのような死に方だったのでしょうか?
政が死ぬ前年に起こった凶兆とは?
さて歴史上での秦王・政こと始皇帝の最後ですが、それは紀元前210年だとされています。
その前年の紀元前211年には、火星がさそり座にどとまって動かないという凶兆が見られたと言われています。
また東郡に流星が落ちて石となったという記述があります。
これはおそらく隕石が落ちたことなのでしょうが、当時の人々にとって流れ星の正体が分かっていなかったため、流星が落ちて石になったという表現になったのかもしれません。
それはともかく、この石に妙な文字を刻みつけた人がいたそうです。
それは「始皇死して地分かたる」
始皇帝はこの報告を受けて役人をこの地方に差し向けて、この文字を書いた人物を徹底的に調べさせました。
しかしどうしても犯人を割り出せなかったため、始皇帝は付近の住民を皆殺しにした上、その石を焼いて溶かしてしまったそうです。
政が死ぬ前年に起こった凶兆2
またこの秋に東部から秦に向かって使者がきたそうです。
その道中でその使者が崋山という山の北側を通っていた時のこと、玉を持った男が夜道で使者を呼び留めて、「この玉を滈池(こうち)の主に渡してほしい」と言ったそうです。
この滈池の主というのは、周の武王のことを差しているそうで、武王が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を倒した故事を考え合わせると、この伝言は暴君を倒せという伝言だと解釈されるそうです。
またこの玉を持った男は、続けて「祖龍は今年中に死ぬ」と続けて言いました。
ここで祖龍の祖は始と同じ意味であり、龍は人君の象徴。つまり祖龍=始皇帝を差していると言われています。
ただ使者がそのわけを尋ねようとすると、その男はたちまち姿を消し、後には玉だけが残っていたと言われています。
その話を聞いた始皇帝は、「祖龍とは人類の祖先という意味だろう」と考えて、不安を打ち消していたそうです。
始皇帝は死ぬ前年に、こうした凶兆が起こっていたことが伝わっています。
始皇帝の歴史上での病の場面とは?
さて始皇帝が死亡する紀元前210年ですが、不安にかられた始皇帝は将来を占ってみると「巡遊すれば吉」と出たそうです。
そこで丞相の李斯たちを連れて、始皇帝は巡幸することになりました。
(巡幸=君主が各地を回ること)
そして始皇帝は海神と戦った夢を見たとされていて、その海神は人間の姿をしていたそうです。
それを夢占いの博士に夢解きをさせたところ、以下の答えが返ってきました。
「そもそも水神はけっして姿を現わさず、ただ大魚や蛟竜(こうりゅう:まだ成長しきっていない龍)に託しておのれの意志を行うものです。
陛下が祈祷(きとう)や祭祀(さいし)を十分に執(と)り行ない、身を謹んでおられるにもかかわらず、いまだに果報が得られませんのは、みな水神が祟(たた)りをなしているせいと思われます。
ただちに打ちはらわなければなりません。」
そこで始皇帝は、漁師に命じて大魚を捕まえるための道具一式を準備させて、始皇帝自らは連射式の弩で打とうとして大魚の出現を待ち構えたそうです。
しかし琅邪(ろうや)から北に向かって、栄成山のあたりまで来ても、大魚はついに姿を現しませんでした。
之罘(しふ)まで来てようやく大魚を見かけ、そのうちの一匹を仕留めることに成功します。
この後、海岸沿いに進路を西に転じ、平原津(へいげんしん)に着いたところで、始皇帝は病に倒れたと言われています。
ここから始皇帝の病状は悪化の一途をたどっていくことになります。
始皇帝の歴史上の死の場面は切ない?
喜ぶ際の「バンザイ」は元々は「一万歳」。昔、中国を支配していた始皇帝が不老不死の秘薬を探していた時に見つからず、死を怯えた際に「私が1万歳まで生きる事を願うように」と、大衆に「バンザイ」という掛け声で自分を称えるように求めたのです。この習慣が日本にも伝わったといわれています。 pic.twitter.com/BKpaoWxS4i
— 勉三 (@benchan_2020) June 17, 2020
また始皇帝は死という言葉を極端に嫌ったと言われています。
そこで臣下も気をつかって、誰一人として死という言葉を口にする者はいませんでした。
しかし始皇帝の容体は悪化の一途をたどっていき、長男の扶蘇(ふそ)にあてて遺書をしたためて「咸陽に戻って葬儀を主宰せよ(自分の後継者になれという意味が含まれている)」と指示しました。
ただこの始皇帝の遺書は、宦官の趙高によって扶蘇に送るのを差し止められてしまうことになります。
この後、始皇帝の意志は軽く扱われてしまい、趙高という部下の思惑に沿って事が進められていくことになるんですよね。
この辺りは中華を統一するという偉業を成し遂げた人物としては、どこか物悲しいものを感じさせるものがあります。
巨大な権力の元にはそうした人物も近づいてきてしまうのでしょうが、始皇帝も人を見る目が無かったということなのかもしれません。
そしてついに始皇帝が死ぬ日が訪れることになります。
史記にはその日付は7月の丙寅(へいいん)の日ということになっていますが、これは9月10日だと言われていて、この日に始皇帝は沙丘(さきゅう)の平台で崩御(死亡)したことになっています。
隠された始皇帝の死去
また始皇帝の死亡が世に知られると、皇子同士の後継者争いが起こることはもちろん、不平分子の反乱が起こることも予想されました。
その恐れから丞相の李斯は、始皇帝死去の事実を隠して巡幸を続けることを決意します。
まず始皇帝の遺体は棺(かん)に納められて、横になって休める寝台車(轀涼車:おんりょうしゃ)に乗せられました。
そして始皇帝のお気に入りの宦官をお供として車に乗せ、始皇帝が健在であるかのように行く先々で食事を供したと言われています。
ただ一行が九原に到着したころ、猛暑のために寝台車から腐臭が漂い始めたと言われています。
そこで皇帝の命令と称して、随行の車に魚の塩漬け約30キログラムずつを積ませて、腐臭をごまかしました。
こうして一行は咸陽に急いで戻り、そこで初めて始皇帝の死去が公表されることになりました。
こうして始皇帝は死ぬことになりましたが、死後に腐臭を漂わせていたという事実も始皇帝の死の物悲しさを感じさせるものでした。
また始皇帝の死の様子を見ていくと、始皇帝の意志も遺体も配下には大事にされておらず、総じて始皇帝の元には本当に始皇帝のことを大事に思っていた配下がいなかったことが明るみになったように思います。
それは中華統一という偉業を成し遂げた男の、非常に悲しく寂しい最後と言えるのかもしれません。
始皇帝の歴史上の死因は毒殺だった可能性も?
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また始皇帝の歴史上での死因は毒殺だったという説もあります。
これは次の点からそう指摘されているそうです。
- 始皇帝は不老不死の効果を期待する水銀入りの薬を服用していた
- 水銀には防腐効果があるものの、始皇帝の遺体からは腐臭が出ていた
う~ん、正直この2点からだけでは、始皇帝毒殺の真相は分かりにくいところですね。
始皇帝が水銀を飲んでいたのなら、水銀には防腐効果がありますので、遺体から腐臭が出ることはないはずです。
しかし始皇帝の遺体からは腐臭が出ていたことから、始皇帝が水銀入りの薬を飲んでいたという点がニセ情報ということになるのでしょうか?
またはどちらも真実であれば、始皇帝が服用していた薬に入っていた水銀の量は致死量に至るものの、腐った臭いを防ぐほどの量ではなかった可能性もあります。
それならば始皇帝の死因は水銀中毒であり、なおかつ始皇帝の遺体から腐臭が出たことにも説明がつくことになります。
果たして始皇帝の死因は毒殺だったのでしょうか?
始皇帝の死因は病気?
もちろん始皇帝の死因が毒殺だった可能性もありますが、史記には病気になったことが記されています。
ですので史記の記述を素直にとらえれば、始皇帝の死因は病死だったことになります。
ただ具体的な病名までは史記には記述はありません。
単純な老衰で死亡したのかもしれませんし、癌になっていたのかもしれませんが、史記に記述されているのは「病む」という文言だけなんですね。
(^_^;)
これが様々な憶測を呼ぶことになったのかもしれませんが、今となってはその真相を確かめるすべはないと言えます。
キングダムでは政の最後の死亡は描かれない?
ではキングダムでは政の最後の死は描かれるのでしょうか?
おそらくキングダムでは政が死ぬ場面までは描かれないのでは?と個人的には予想しています。
キングダムは政が中華統一を目指す展開の中で、李信が政に協力して戦っています。
またキングダムでの政は光ある聖王として描かれていますが、歴史上の政は中華統一後に性格が傲慢(ごうまん)になっていると感じます。
そしてキングダムの作者の原先生も、
ですので政の歴史上のダークな面は原先生の話からもキングダムでは描かれない可能性が高いです。
また政のダークな面を描かないためにも、長くてもキングダムは政が中華統一を成し遂げた直後までしか描かれないように思います。
ということでキングダムでは、政の最後の死亡の場面までは描かれないと思われます。
ただしキングダムの中で文章では政の死亡に触れられるかもしれず、政という光を失ったことで世は再び混乱に陥ったという内容で、キングダムは締めくくられるのかもしれません。
これは私の推測になりますが、果たして政の死亡はキングダムでは描かれるのでしょうか?
キングダム政が死ぬ可能性があるとすれば・・・
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またはこれはネット上での意見でしたが、実は漂が生きていた、という説もささやかれていました。
この説がキングダムで登場してくる場合、あの時に漂が実は息をつなぎとめていて、その後は普通の市民として生きていたという展開になるのでしょうか?
または昌文君がその時にひっそりと生きていた漂をかくまって育てていた、という可能性があるのかもしれません。
もしも政に何かあった場合に備えて・・・
この説がキングダムで採用されれば、政の死亡がキングダムで描かれる可能性が出てくるでしょう。
政が死亡して李信たちが慌てている時に、昌文君が漂を登場させて政の代わりに秦王として振る舞わせる。
そういえば以前に漂が政の身代わりとなって襲われた時、そこで漂が軍を率いた時にはすでに将だったと評されていました。
ですので漂が生きていれば、秦王の身代わりを務められるほど、王としても成長していることでしょう。
または政も漂が生きていることを知っており、政は漂と今後の秦をどうするかを議論していたのかもしれません。
それは漂に政の考えを早い段階から伝えて、政に何かあった場合に漂が身代わりを務められるように育てる目的が挙げられます。
その2人の議論で中華を統一した場合には「法で中華を統治する」という考えが生まれていた可能性も考えられます。
さて漂が生きているという展開になるのかどうか?
この点は今後のキングダムの展開上、興味が尽きないポイントと言えます。
キングダム政が死ぬなら原因は毒殺か?
またキングダムの政がもしも死ぬという展開になった場合には、その原因はおそらく毒殺や暗殺など秘密裏に政が殺害されるパターンだと思われます。
政が戦死しないと思うのは、戦死してしまえば敵軍にもそのことが知れ渡りますし、そこから漂を政の代わりとして秦王にするには無理があると思ったからです。
また普通の病死であれば、王族ではない人物を無理に秦王にする必要はなく、別の王族の誰かに王位を継承させれば事足りると思います。
政が死亡して漂が登場するという展開になるとすれば、政の死を隠したいというケースだと思われます。
それが毒殺や暗殺であり、秦の警備の甘さを露呈させるわけにはいかぬとして、政が生きているという形を整える必要性が生じ、そこで漂が登場するという展開になるのではないでしょうか?
果たして漂が登場する場面は見られるのでしょうか?
政が毒殺・暗殺されるなら黒幕は誰?
また政が毒殺・暗殺されるなら、黒幕は誰になるのでしょうか?
政に強い恨みを感じるであろう人物、または秦王にとって代わりたい人物としては以下の人物が挙げられます。
- 太后
- 桓騎
- 王翦
- 滅ぼされた敵国の王族
それではそれぞれを検証してみたいと思います。
太后が政の命を狙う?
まずは実母である太后が政の命を狙うという可能性が考えられます。
太后は嫪毐(ろうあい)と反乱をすることになりましたが、ここで太后は敗れてしまい、嫪毐は車裂きの計に処せられています。
ただ嫪毐と太后の間に生まれた子供の命は、キングダムでは生き長らえていることになっています。
しかしそれでも太后は息子の政を愛することができず、憎悪を募らせることになっていき、政の命を狙うという展開は充分に考えられます。
それは逆恨みとも言える感情かもしれませんが、犯罪者に共通する精神性を太后が持っていれば、この可能性も捨てきれないと思います。
桓騎が政の命を狙う?
または桓騎が政の命を狙う、という展開も考えられるかもしれません。
というのも桓騎は六将になってから、一般人への暴虐や虐殺を禁じられることになりました。
それはそれまで一般人から略奪や虐殺を繰り返してきた桓騎軍にとって、非常に面白くない展開だったことでしょう。
このことを桓騎が恨みに思い、政の命を狙うというケースはあるのかもしれません。
ただ桓騎は歴史上では、李牧との戦いで敗れることになっています。
この時に桓騎は死亡したとも言われていますが、これが紀元前233年で、今の平陽の戦いは紀元前234年のことで、桓騎の命は残り1年と迫っています。
それまでに桓騎は政の殺害に成功するのか?
この点はやや疑問が残ると言えるかもしれません。
王翦が政の命を狙う?
または王翦が政の命を狙うという展開も考えられるのかもしれません。
キングダムでの王翦は、自分が王になりたいという野望を胸に秘めているという設定になっています。
ですので王翦は自らが秦王になりたいがゆえに、政の毒殺や暗殺を狙う可能性があると思われます。
そして絶対に勝てる戦い以外は興味がない王翦は、政の身辺警護の兵たちを手なずけていき、絶対に勝てる方法で政の命を狙うことでしょう。
もしも負ける戦はしない王翦に政が命を狙われると、政の命は風前の灯(ともしび)になって緊張感が高まりますよね。
ただ歴史上の王翦は政を裏切った形跡はなく、大きな功績を挙げた人物として知られています。
歴史上の記録に基づけば、この線は可能性が低いと思われますが、どんな展開が待っているのでしょうか?
滅ぼされた敵国の王族が政の命を狙う?
またはこれから秦は敵国を滅ぼしていきますので、政に恨みを抱くとすればこれから国を滅ぼされていく敵国の王が政の命を狙うという可能性は充分にあります。
秦も政の周辺は厳重な警備をしているはずで、敵国がこれをくぐり抜けるとすれば、かなり多額の金銭的な負担が必要になるはずです。
ですので政の毒殺や暗殺を狙うとすれば、敵国の王は自分の国が滅ぼされる前に手を打つ必要があることでしょう。
さてその国はどこで、誰が政の命を狙うことになるのか?
興味が尽きないポイントと言えます。
(参考文献 徳間書店 史記Ⅲ 独裁の虚実 及び 史記別巻『史記』小事典)
キングダム政はいつ死ぬ? まとめ
しかし始皇帝のはほっぺが赤いから霜焼け王子って勝手に呼んでたけど、キングダムでは素敵イケメンで胸熱。このイケメンが惨殺大好き不老不死狂いからの水銀中毒死の後、死臭を隠すため生魚with回遊という死に様にたどり着くかと思うと更に胸熱 pic.twitter.com/0FbXAatxQL
— 山下真輝@ 2万人の才能を発掘|占い師 ✕ 経営者✨ (@wisdomofwombat0) June 25, 2016
さてここまでキングダム政がいつ死ぬのか?
またその死因やキングダムの中で政の最後の死亡が描かれるのかについて考察してきました。
まず政が死ぬのは、歴史上では紀元前210年のことだとされています。
またキングダムではこの紀元前210年までが描かれる可能性は低いと思われますが、政の死亡については文章で一筆書かれる可能性はあるのかもしれません。
そして政の死因についてですが、史記を素直に読めば病気による死亡ということにはなります。
ただ毒殺説もあり、その真相は謎に包まれている部分もありますが、これが歴史の面白いところと言えるかもしれません。
または漂が実は生きていた、という意見はネット上でも見られていましたが、この説がキングダムで生きてくれば、どこかで政の死亡がキングダムで描かれるかもしれません。
そしてその時には政の死因は毒殺か暗殺だと思われますが、その黒幕は太后になるのでしょうか?それとも敵国の王になるのでしょうか?
それではここでキングダム政がいつ死ぬのか?
その最後と死因についての考察を終わります。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!