キングダム太子・嘉は趙王ではなく代王に?代は滅ぼされずに降伏するか

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キングダムは秦の始皇帝である政と、下僕から大将軍にのし上がろうとする信を主人公とした物語です。

この信や政に対抗する国として趙がありますが、李牧という強敵と共に悼襄王の時代に次の王位を継ぐ人物として太子・嘉(か)という人物がいます。

キングダムの中では太子・嘉は李牧も一目置いている人物で、李牧は嘉太子の時代が来た時、趙に真の光がさすと考えていたほどでした。

しかしそんな太子・嘉は史実をひも解くと、趙の王位にはついていません。

それではキングダムの中で趙の太子・嘉はどのような運命をたどっていくのでしょうか?

ここでは太子・嘉に関する史実から見ていき、キングダムでこの人物がどのようになっていくのか?

その展開を考察していきます。

最後までお楽しみください♪

 

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キングダム趙の太子・嘉とは?

嘉は李牧も認める好人物!

まず太子・嘉という人物についてですが、この人物は秦の鄴攻めの時に初登場しました。

それは何巻のことかと言えば、単行本48巻・第517話「削り合い」でのことでした。

この時には李牧は時の趙王・悼襄王(とうじょうおう)に王都・邯鄲(かんたん)の軍の出陣の許可をもらいに行きましたが、悼襄王はあっさりとその申し出を却下。

鄴(ぎょう)を落とされれば数年のうちに邯鄲にも秦の刃が届くことを李牧が訴えても、悼襄王は耳を貸しませんでした。

そして悼襄王は、鄴を失えば貴様を切り刻むと李牧をなじります。

その後で現れたのが、次の趙王の座を受け継ぐ太子・嘉。

ここで太子・嘉は李牧の労をねぎらい、邯鄲の軍が動かないことを父に代わって李牧にわびます。

そして必要とあらば自らも出陣する意向を示した太子・嘉に、李牧はこの太子・嘉が王になった時には「趙に真の光がさす」と考えていました。

キングダムの中ではそれほどの好人物として描かれていた太子・嘉ですが、史実ではこの人物は趙王にならずに「代」という国の王になっていきます。

 

太子・嘉は父を諫める

またキングダムの中で李牧処刑に真っ向から反対して諫めたのも、この太子・嘉でした。

(第644話「桃泉殿」)

李牧が鄴を失ったことは確かであり、そのことで軍総司令のはく奪。

もしくは宰相を退任させたこと。

それは太子・嘉も妥当だと判断していたものの、李牧は門であり李牧処刑は国を危うくするものだと嘉は悼襄王に対して強く反対していきます。

「近う寄れ」という悼襄王の言葉に素直に従う太子・嘉。

しかし悼襄王はここから太子・嘉の体を抱き寄せたかと思うと、嘉の右耳を食いちぎるという奇行に出ることになります。

それでも李牧処刑を再考するように促す太子・嘉でしたが、戻って手当をするようにと太子・嘉の側近たちが嘉を連れ出します。

ここから悼襄王は英書記官を呼びますが、ここで悼襄王は太子(王位を継ぐ皇子)の座を嘉から別の人物に代えてしまったと思われます。

ただ父である王に対して悪いことは悪いと諫める姿。

そして鄴が攻められることになった時の太子・嘉の状況判断力は、優れた人物の証と言えるように思います。

 

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キングダム趙の太子・嘉は史実では代王になる?

嘉は趙王になれない?

ただキングダムでは好人物として描かれている嘉ですが、史実をひも解くとこの嘉は趙王になれないことになっています。

史実では悼襄王(とうじょうおう)に代に嘉は太子に立てられますが、悼襄王は自分が寵愛していた倡后(しょうこう)の息子である遷(せん)に後を継がせるため、太子を嘉から遷に代えています。

そして悼襄王亡き後、趙の王位についたのは遷で、これがのちの幽繆王(ゆうぼくおう)になります。

しかしここから趙は滅亡への道を突き進んでいくことになります。

秦の王翦が趙を攻め込んだ時に、これまで秦からの侵攻を食い止めていた李牧を、幽繆王は捕縛して処刑します。

代わりの将軍は王翦に敗れてしまい、ついに王都・邯鄲(かんたん)は陥落。

幽繆王は捕虜になり、ここに趙は滅亡することになります。

 

太子変更の理由は后にあった?

また太子の変更については、悼襄王が寵愛していた倡后(しょうこう)が関係していたとも言われています。

悼襄王は自分が寵愛していた倡后の息子が可愛いと思っていたとは思いますが、太子・嘉をおとしいれるための悪口をこの倡后が悼襄王に伝えたとも言われています。

そして倡后は、人を使って太子・嘉を罪に陥れることに成功。

このことが太子の変更の理由とも伝えられています。

 

キングダムでの太子の変更の理由は?

ここで史実からキングダムに話を移します。

太子(王位を継ぐ皇子)が嘉から遷に代えられた理由については、史実では父の悼襄王が寵愛していた后(きさき)の子供に王位を継がせたかったという理由が出てきますが、キングダムではその点が少し異なるようです。

先ほど書いたようにキングダムの644話の中で、太子・嘉は李牧処刑について父の悼襄王を諫めています。

そして嘉は悼襄王によって右耳を噛みちぎられることになりますが、嘉が退室した後で悼襄王は英書記官を呼ぶことになります。

おそらくここで悼襄王は太子を嘉から遷に変更したと思われますが、悼襄王は自らの考えに反対する太子・嘉をうとましく思ったのか、父を諫めた嘉は悼襄王の逆鱗に触れたのか?

少なくとも父を諫めたという事実によって、悼襄王は太子を嘉から遷に変更したものと思われます。

器が狭く、状況判断能力に乏しい。

悼襄王はそんな人物としてキングダムの中では描かれています。

 

嘉は代の王様になる?

ここで再びキングダムから史実に話を戻していきますが、趙が滅びた後も嘉は一族を連れて代という国の王を名乗ります。

ここに代王・嘉が誕生することになります。

ここから代は燕と手を結んで秦に対抗したものの、代と燕の連合軍は秦軍に敗退。

燕の太子・丹が荊軻(けいか)という人物を使って秦王の暗殺を試みるものの、失敗に終わったことから、代王である嘉は燕王・喜に対して、太子・丹を殺して秦と和睦を結ぶことを提案。

 

燕王・喜はこれを受け入れて実行に移し、秦からの侵攻を抑えることに成功。

しかしこの和睦もつかの間で、王賁が燕王・喜を、そして代王・嘉を捕虜にすることに成功。

ここに嘉の作った代という国は滅びることになっていきます。

 

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キングダム代王・嘉は戦わずに降伏する?

史実では最後まで抵抗したことになっている代の王となった嘉でしたが、キングダムではどのような展開を迎えるでしょうか?

個人的な予想としては、キングダムの中でも状況判断能力に優れていた嘉は、最後は降伏するという形を取ると予想しています。

645話では嘉は賢人たちを率いて、国を良くしようとしていたところでしたが、遷が即位することになってしまいました。

ただこの賢人たちは嘉に付き従っていくことも予想されますし、おそらく代の国でも彼らが国の基礎を築くと思われます。

また政の中華統一がこの中華から戦をなくすためであることを嘉が知ったとすれば、キングダムに描かれている嘉の人物像からすると政の話に共感することがよそうされます。

そうなれば代王の嘉は最後まで抵抗することなく、どこかで政の中華の運営方針に賛成して降伏。

それは代の民の犠牲も出さない結果になりますし、その後に嘉は代の地を治めることを許されるように思います。

そして賢人たちと代を治める嘉は、代の民衆に慕われていくのかもしれませんね。

 

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まとめ

ここまでキングダムの中での太子・嘉と、この嘉という人物の史実を振り返ってきました。

キングダムの中では李牧も光を感じていたように、優れた人物として描かれている太子・嘉ですが、史実では太子の座を追われることになります。

それは悼襄王が寵愛していた后(きさき)の讒言(ざんげん:他人をおとしいれるための悪口)も関係していたようですが、しかし嘉の代わりに趙王になったのは幽繆王でしたが、この幽繆王の代で趙は滅びることになっていきます。

その後、「代」という国の王となった嘉でしたが、時代の流れか秦の攻勢の前に最後は捕らえられることになっていきます。

嘉の最後は史実でも記されていませんが、キングダムの中では代という国は最後まで抵抗をすることなく降伏するのではないか?と予想します。

それは秦王・政の中華統一後の構想に、嘉が感銘を受けることがその理由として挙げられるように思います。

好人物として描かれている嘉は、父の悼襄王(とうじょうおう)に耳を噛みちぎられるという憂き目にあい、しかも太子を代えられてしまうと思われますが、最後にはこうした好人物にとって良い結末が用意されていることを期待したいですね。

それではここで、キングダムの趙の嘉に関する考察を終わります。

 

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