キングダム扈輒(こちょう)将軍は趙に実在の武将?最後は桓騎に負けて死亡

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キングダムは古代中華の秦の始皇帝の時代の物語です。

そんなキングダムは戦国七雄が描かれていて、趙という国には扈輒(こちょう)将軍がいて、キングダムの中では「邯鄲(かんたん)の守護者」の異名を取っています。

この扈輒将軍は史実に実在していますが、 どのような武将だったのでしょうか?

またどのような形で扈輒将軍は最後を迎えるのでしょうか?

そして気になるのは、キングダムの中では扈輒将軍の顔に何か付いているように見えますが、これは一体何なのでしょうか?

ここでは扈輒将軍の史実での記録を振り返りながら、扈輒将軍の顔に付いているものを考察していきます。

それでは最後までお楽しみください。

 

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キングダム扈輒(こちょう)将軍は史実に実在の武将?

扈輒将軍の史実の記録は?

それでは扈輒(こちょう)将軍の史実での記録について見ていくことにしますが、扈輒将軍の記録は多くはありません。

時は紀元前234年。

これは始皇13年のことになりますが、この年に秦の桓騎将軍が趙の平陽・武城を攻撃したことが伝えられています。

そしてこの時に秦の桓騎将軍に対峙(たいじ)したのが趙の扈輒将軍。

ただしかしここで扈輒は武隧(ぶすい)という地で敗死したと伝えられていて、10万人の趙兵が斬首されたと言われています。

 

キングダムでの扈輒将軍の強さは?

扈輒将軍に関する史実での記録はこれだけです。

あまり史実での記録は多くありませんが、キングダムでは初登場の時に「邯鄲(かんたん)の守護者」との異名で描かれていました。

ちなみに趙には「三大天」という称号がありますが、扈輒将軍は三大天ではありません。

扈輒将軍は予想外の戦いをするわけではないのかもしれませんし、そうすると相手を出し抜くという戦いはしないのかもしれません。

そうした戦い方が板についていれば三大天にはなれないのは間違いないところで、「邯鄲の守護者」と言われているだけに守備に強い将軍という位置づけなのかもしれません。

または「邯鄲の守護者」というだけに、王都・邯鄲を守ることに特化した武将とも考えられます。

邯鄲についてはその強みも弱みも全て把握している。

そのくらい邯鄲を熟知した将と言えるのかもしれません。

そして扈輒将軍は本能型というよりは知略型の武将だと思われます。

列尾を守ることを任されたものの、列尾が挟撃にあうと判断するとすみやかに兵を引くことを決断。

それはその後の秦の侵攻に備えてのことで、兵力を温存した結果の決断でした。

また個人の武についてはまだ一騎討ちなど、扈輒将軍の武力そのものが試されるような局面は描かれていません。

ですので扈輒将軍の武力はまだ不明な点ではありますが、本能型の武将はそもそも武力も高い印象はあります。

そうしたこれまでの扈輒将軍の様子から考えると、本能型というよりも知略型の武将と言えると思います。

扈輒将軍の能力を数値で表せば、武力は82、知力は86、統率力は90。

といったところでしょうか?

キングダムの公式ガイドブック3巻目が発売されると、この辺りの数値が明らかになると思われます。

 

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キングダム扈輒(こちょう)将軍の最後は?

桓騎に直接討ち取られる?

また扈輒将軍は史実では桓騎に討ち取られたことになっています。

そしてキングダムの桓騎は単独で敵陣営に忍び込んで、敵将を討ち取ることも行ってきました。

同じような手口で桓騎は扈輒将軍を討ち取るかもしれませんね。

 

おびき出されて討ち取られる?

または桓騎が慶舎を討ち取ろうとしたように、扈輒をおびき出した上で出てきたところを討ち取るという戦法を取るのかもしれません。

「しっかりと目に焼き付けて死ね 慶舎 それが狩られる奴の見る景色だ」

これは桓騎の名言の一つでしたね。

 

弱みを握られて討ち取られる?

また桓騎は砂鬼(さき)一家を使って、扈輒将軍のことを隅々まで調べつくすと思われます。

その中で何か扈輒の抱えている弱みが出てくるのか?

ここで扈輒将軍の弱みが出てくると、そこを突く作戦を桓騎は描くと思われますが、扈輒将軍に紀彗と同じような甘さがあるのか?

この点はまだ分からないところで、扈輒将軍は桓騎に弱みを握られたとしても、その弱みに捉われずに勝利への執念を示して逆転劇が起こる―――

そんな展開が一時的に描かれるかもしれませんね。

 

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キングダム扈輒将軍の顔に付いているものは?

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また気になるのが扈輒将軍の顔に付いているものが何か?という点です。

絵をよく見てみると、黒子(ホクロ)ではないことは間違いなさそうです。

(ホクロを漢字で書くと「黒子」というのは初めて知りましたが♪)

おそらく「おしゃれアイテム」の一つなのでしょうが、何らかの金属を丸い形に整えた上で貼り付けたのだと思われます。

もしくは宝石のような石を加工して貼り付けているのかもしれません。

まさか生まれた時から顔にこういう物が付いていた?

さすがにそれは無いと思いますが、いずれにせよ扈輒将軍が死ぬまでに、この顔に付いているものの謎が明らかになって欲しいところですね。

 

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まとめ

ここまで趙の扈輒(こちょう)将軍の史実での姿と最後について考察してきました。

史実での記録は桓騎に敗れたという事実だけであまり記録は残されていませんが、キングダムの中では「邯鄲の守護者」の異名を持つ将軍として描かれています。

また扈輒将軍の最後については桓騎に敗れたことが記録されていますが、果たしてキングダムの中ではどのような最後を迎えるのか?

これまでの桓騎の戦い方からすると、自ら敵陣に乗り込むという方法で扈輒将軍を討ち取るのかもしれませんし、慶舎に対して行ったようにおびき出した上で討ち取る可能性もあるのかもしれません。

または桓騎は扈輒の弱みを見つけるために砂鬼一家の手による拷問を行うことも考えられますし、その時に何らかの弱みを見つけるとその弱みを桓騎は突いてくると思われます。

そして扈輒将軍の顔に付いているもの。

これは何らかのおしゃれアイテムだとは思うのですが、これからキングダムの物語の中で謎が明らかになると良いですね。

それではこれで扈輒将軍に関する史実の紹介と考察を終わります。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

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