キングダム呉鳳明の評価はクズで無能?師匠・霊凰への裏切りと戦果は

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キングダムは秦の始皇帝の時代を舞台にした、大人気の歴史マンガです。

秦国が主人公側になりますが、敵国を彩る武将もキラ星のごとし。

その中に魏に呉鳳明(ごほうめい)という人物がいますが、この人物は魏の新しい「火龍」となっています。

ただこの人物は著雍(ちょよう)での戦いで信に迫られた時、自らが生き延びるために師匠の霊凰(れいおう)を裏切り、その点の生き様はクズと評されても仕方ないかもしれません。

また合従軍の戦いでも、井闌車(せいらんしゃ)や巨大床弩(しょうど)でも函谷関を落とすことはできておらず、いまだに優れた戦果はあげていないようにも思えます。

それでは本当に呉鳳明の評価はクズで無能と言えるのか?

こちらでは呉鳳明が師匠・霊凰を裏切った場面を振り返り、呉鳳明の戦果を見ていきながら評価が無能なのかどうかを考察・検証していきたいと思います。

それでは最期までお付き合いください。

 

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キングダム呉鳳明が師匠・霊凰を裏切ったのはいつ何巻?

それでは呉鳳明が師匠の霊凰(れいおう)を裏切った場面を振り返りたいと思いますが、それは何巻のことかと言えば、単行本37巻・第400話「陥落と退避」のことでした。

3軍で同日同刻に3点突破。

そして3軍で同時に魏軍本陣に突入する。

それが秦の王賁(おうほん)がこの著雍(ちょよう)の戦いで立てた作戦でした。

その3軍とは誰かと言えば、王賁、信、録嗚未(ろくおみ)の3軍。

そしてそれが実現して、呉鳳明のいる魏軍本陣は3軍に同時に攻められることになります。

ここに飛信隊から羌瘣(きょうかい)が一人で敵陣に乗り込み、呉鳳明を討ち取ったかに思われました。

しかし羌瘣が討ち取ったのは呉鳳明の影武者。

本物の呉鳳明は、羌瘣の襲撃の時に逃げることに成功していました。

とはいえ魏は本陣が陥落させられたことは事実。

秦軍は「魏軍本陣陥落」の狼煙(のろし)をあげて、戦局は秦軍の勝勢に傾いていきます。

そこで何かを見つけた信。

後を追っていくとそこにいたのは呉鳳明とその師・霊凰でした。

どちらが総大将・呉鳳明なのか分からない信でしたが、ここで呉鳳明は霊凰に対して「鳳明様 お逃げをっ」と叫びます。

信の矛はその言葉で霊凰に向かって振り下ろされることになり、ここに魏火龍七師の1人である霊凰が信の手により戦死することになります。

 

呉鳳明、師匠への裏切り方はクズ

信は霊凰を倒したと同時に馬から転倒。

そのスキに呉鳳明はその場から逃げることに成功しますが、霊凰の側近は呉鳳明に詰め寄ります。

「今のは何のつもりだ」

そう迫られた呉鳳明は、ここで開き直ります。

「魏国のためだ」

「強き者が残らねば」

霊凰の力は14年前で止まっている。

だが呉鳳明はあと1年で霊凰に並び、次の1年で大きく引き離す。

この戦国の世。

強き者が残らなければ勝ち残ることはできないと呉鳳明は語ります。

それは一理はある理屈でしょうが、しかし呉鳳明のこの時の生き様は決して褒められるものではありませんでした。

クズ。

そう評価したくなるのも納得です。

六将・王騎や摎(きょう)さえ一目置いた霊凰。

この霊凰の力が14年前で止まっていたとしても、それでも六将・王騎が一目置くほどの実力はあるということです。

それだけの力のある人が残っていても、魏は力を充分に示すことができたでしょう。

生き延びた方が強い。

それはそうなのかもしれませんが、呉鳳明が師匠を裏切った点は、呉鳳明本人の評価をクズだと下げることになったのは確かだったと思います。

 

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キングダム呉鳳明は無能?

函谷関での戦いでの戦果は?

また呉鳳明は無能なのか?

この点を考察・検証していきたいと思いますが、呉鳳明は函谷関の戦いでは確かに結果的には戦果をあげることはできていません。

函谷関に届くほどの井闌車、そして巨大床弩(しょうど)からロープを垂らして函谷関によじ登ろうとしました。

そして函谷関が陥落か?という場面まで演出することはできています。

それが下の場面です。

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(引用:キングダム28巻)

その後、桓騎と張唐が韓の総大将・成恢(せいかい)を討ち取るものの、函谷関の桓騎の持ち場は侵攻されてしまい、函谷関の望楼(ぼうろう)に火の手まで上がります。

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(引用:キングダム28巻)

ただ上のように望楼に火の手が上がっても、裏から門を開けられなければ函谷関を抜かれることはありません。

また桓騎や張唐が成恢を討ったこと、そして楚の汗明が蒙武との一騎討ちに敗れたことで、戦いの勢いは秦軍有利に傾いていきます。

そのことにより、呉鳳明の策では函谷関を抜くことはできないという結果になりました。

特に汗明討ち死にについて、呉鳳明も足を引っ張られたと感じており、この時の呉鳳明は目に怒りを宿していました。

将の討ち死にによって戦局に動きが出てしまうことは仕方ないことで、秦の武将が亡国を避けるべく懸命の戦いを繰り広げた結果として、函谷関が落とせなかったということにもなります。

ですので函谷関を落とせなかったこと自体は、呉鳳明の責任とは言えないとは思います。

これまで橋がかからなかったという函谷関に、巨大な井闌車で橋を架けたこと。

また巨大床弩を使って、さらに先頭の兵が網をかけることで兵士が函谷関の壁上にまで運ぶことが出来たこと。

これらは函谷関での合従軍戦が、呉鳳明の頭脳を示した一戦となったことになるのかもしれません。

 

流動力術が理解できるのは呉鳳明と李牧のみ?

また合従軍戦が本格的に始まる前。

呉鳳明率いる魏軍は、秦の麃公(ひょうこう)将軍と対峙(たいじ)しました。

この時に呉鳳明は「流動力術」を麃公相手に試そうとしていましたが、策略の臭いを感じた麃公はここで兵を退くことになります。

そしてこの流動力術に関して、呉鳳明は不気味な発言をしています。

「この術が解かるのは 俺の他には李牧くらいのはずだからな」

のちに李牧と対戦した麃公将軍は、この流動を本能的に見切って李牧本陣に到着することが出来ました。

ただしそこで麃公将軍は龐煖と対峙することになり、そこで命を落とすことになっています。

 

著雍の戦いでは敗戦

また著雍の戦いでは騰(とう)軍と対戦。

師匠の霊凰への裏切りでこの戦いについてご紹介しましたが、秦の王賁の3軍同時急襲作戦がズバリとハマりました。

本陣が3軍に迫られたことで呉鳳明はハッキリと自分の敗因を認めていました。

「最大規模の軍用を備えた騰軍が 敵の”主攻”であると錯覚した俺の落ち度だ」

この時の戦いは王賁の作戦や、作戦が見破られないようにするために本陣を攻める日時を決めただけという点も功を奏していましたが、この時の戦いについては呉鳳明の裏をかいた王賁の戦術が鋭かったと言えるのかもしれません。

 

戦術理解の深さは李牧並み

そして魏は秦との同盟を3年組むことになり、ここで楚の什虎(じゅうこ)城という城を秦と合同で攻め落とすことになりました。

ここで魏の呉鳳明は軍の動かし方の鋭さ、戦術の理解の深さ、そして戦術の切り替えの早さを見せつけることになっています。

まずは序盤で魏の3軍(左翼・馬介、中央・荀詠(じゅんえい)、右翼・龍范(りゅうはん))をほぼ同時に敵軍に対峙(たいじ)させることで、相手を混乱させています。

つまり相手からすると、どれが主攻なのか?

はたまた全てが主攻なのか?

最右翼に位置している乱美迫(らんびはく)を強襲させるのか?

呉鳳明はそれが相手には分からない状況を作り出しています。

そして相手の状況の変化によって、どれかを主攻に切り替える、または乱美迫を突入させるなど、相手の出方によって柔軟に戦い方を変化させて、戦況を有利に導こうと考えているのだと思います。

実際に魏軍は楚軍を押し込んで、早くも楚軍を一列下げさせることに成功します。

ここで呉鳳明の戦術理解の深さ、攻勢の鋭さは李牧並みであることがキングダムでは描かれており、通常の平地での戦いでも呉鳳明の優れた能力があることが垣間見えています。

 

戦術の切り替えは

呉鳳明の鋭い攻勢で敵陣を押し込む魏軍と、蒙武と騰の「個の力」によって敵陣を押し込む秦軍。

そんな秦と魏の両軍から挟撃を受けている什虎軍ですが、それでも什虎軍は敵を押し戻す力を備えていました。

什虎軍強しと見た呉鳳明は、すぐさま戦術を切り替えます。

秦の蒙武と騰を主攻に、魏軍全体を助攻にして、主攻で楚軍本陣を攻めさせる。

この結果の成否はまだ定かではありませんが、戦術の切り替えの早さはなかなかのもの。

これまで戦果らしい戦果を見せていない呉鳳明にとって、ここは手柄をあげて一矢報いておきたいところでしょうね。

 

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キングダム呉鳳明はクズで無能? まとめ

さてここまでキングダムの呉鳳明の評価はクズで無能と言えるのか?という点を考察・検証してきました。

著雍の戦いで敗れた際に、自らの師匠である霊凰を犠牲にして自分だけは生き延びようとしたこと。

そして特にその後で開き直っていた点は、呉鳳明がクズだと評価されても仕方ない点だったと思います。

このことはのちに呉鳳明が死亡する時に影響してくるのかもしれません。

また呉鳳明の評価は無能と言えるのか?

この点は呉鳳明自身が優れた戦果をまだあげてはいませんので、まだ評価が定まりにくいと言えるかもしれません。

函谷関での戦いでは、確かに函谷関を落とすことはできなかったものの、秦の武将の奮闘ぶりが函谷関陥落を防いだ面があります。

とはいえ呉鳳明は制作した巨大な井闌車や床弩によって、函谷関に橋をかけてあわや陥落か?というところまで演出したことは間違いありません。

また著雍の戦いでも王賁の策が優れていたことで、呉鳳明は裏をかかれてしまったと言えます。

そして楚との戦いでは、御訪英は戦術理解の深さや戦術展開の早さは見せており、優れた面を見せつつあると言えます。

さてここから優れた評価を得られるだけの働きを見せることができるのか?

今後の呉鳳明の活躍に期待したいところですが、それではここで呉鳳明の評価はクズで無能なのか?という点に関する考察・検証を終わります。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

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