2021年秋に待望のアニメ2期放送が決定している大人気漫画「鬼滅の刃」。
2020年上映の映画も興行収入400億円を突破し、社会的ブームを巻き起こしたことは記憶にも新しいですね。
そんな大人気コンテンツ「鬼滅の刃」から、今回は作中でも大人気のキャラクター・我妻善逸(あがつまぜんいつ)に関して考察して参ります。
作中では気弱な善逸ですが、そんな彼を育てた師匠が存在します。
善逸の師匠はどのような人物で、現在はどうなっているのでしょうか?
それでは今回は鬼滅の刃の善逸の師匠についてご紹介していきます。
それでは最後までお楽しみください。
Contents
鬼滅の刃・善逸の師匠の名前は?
【新キャラクター登場】
善逸の師匠(おじいちゃん)役は千葉繫さんに決定!第17話にて初登場!ぜひご覧ください!https://t.co/DAjvqcFjKT#鬼滅の刃 pic.twitter.com/VLvKmzfiKg
— 鬼滅の刃公式 (@kimetsu_off) July 27, 2019
さて鬼殺隊の隊士は、基本的に育手(そだて)と呼ばれる師匠の元で修行を行い、最終試験に臨んでいきます。
善逸にも他の隊士と同様に、育手が存在していました。
その善逸の師匠の名前は「桑島慈悟郎(くわじまじごろう)」と言います。
この桑島慈悟郎は、かつては鬼殺隊に所属していて、現役時代には柱にまで上り詰めた実力者です。
そんな桑島は現役時代に鬼との戦いの中で、右足を失ってしまって引退。
その後は失った右足に義足をした上で、次世代の鬼殺隊士を鍛えるべく育手として活躍していました。
鬼滅の刃・善逸の師匠はどんな人?
では善逸の師匠・桑島慈悟郎とは、どんな人物だったのでしょうか。
作中では何度も修行から逃げ出そうとする善逸を捕まえては叱り、時には殴ってでも修行を続けさせるほど非常に厳しい存在として描かれています。
しかしその本質では、厳しい戦いの中でしっかりと生き残れる隊士の育成を考えていて、厳しさの裏側にはしっかりとした愛情も備わっています。
当の善逸も慈悟郎の本質には気付いているため、どんなに厳しくされようと「爺ちゃん」と慕うほどの信頼関係が見て取れます。
そんな厳格なカミナリ親父とも言える慈悟郎ですが、原作では善逸から「俺じいちゃんが好きだよ」と言われ頬を染めるシーンや、鬼滅の刃のドラマCDにてコミカルな場面も垣間見えました。
「ただのカミナリ親父」から「お茶目なカミナリ親父」として、読者の人気も高まっていったキャラクターとなります。
善逸の師匠の初登場はいつ何巻?
そんな善逸の師匠・桑島慈悟郎の原作初登場はいつなのでしょうか?
単行本では4巻・第33話「苦しみ、のたうちながら前へ」で慈悟郎は登場します。
その時の舞台は那田蜘蛛山編で、善逸が蜘蛛姿の鬼と対峙している場面でした。
鬼に追いかけられ逃げ回る善逸でしたが、そこから善逸の修業時代の回想が始まります。
今と同じく修行からも逃げ回る善逸と、それを厳しく叱りつける慈悟郎の姿。
これが善逸の師・桑島慈悟郎の初登場回となります。
善逸の師匠は何柱だった?
また桑島慈悟郎は、現役時代は柱にまで昇格するほどの実力の持ち主でした。
では、慈悟郎は何柱だったのでしょうか?
答えは「鳴柱(なりばしら)」です。
雷の呼吸を扱う柱は、一同にそう敬称されるようです。
なぜ「雷柱」ではないのかという疑問もありますが、具体的な名言は本作ではされておりません。
推測としては、雷の語源が「神鳴」とされる事から、鳴柱の呼称となったことも考えられます。
善逸の師匠の年齢は?
では善逸の師匠・桑島慈悟郎は一体何歳なのでしょうか?
本編では慈悟郎の年齢に関しては明かされておりません。
主人公・竃門炭治郎(かまどたんじろう)の育手である、鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)も江戸時代から活躍していた元柱でした。
ですので桑島慈悟郎は、鱗滝左近次と同期もしくは同時期に活躍した柱ではないかと予想されます。
2人とも詳細の年齢は不明ですが、鱗滝は47年前に炭治郎が最終選別で戦った手鬼を捕らえているという情報から考えるに、鱗滝は現在60代~70代といったところでしょう。
そう考えると、桑島慈悟郎の年齢も60代~70代くらいなのではないでしょうか?
善逸の師匠に弟子は何人いた?
また桑島慈悟郎は、鬼殺隊を引退してからは育手として活躍していました。
そんな彼の元には、どの位の人数の弟子がいたのでしょうか?
作中で分かっているのは、我妻善逸の他には善逸の兄弟子にあたる獪岳(かいがく)がいました。
また善逸が修行をしていた当時でも相当数の人数の弟子がいたのではないかと思われます。
作中では獪岳と善逸が戦っている時に、獪岳の陰口を叩く2人の鬼殺隊員の姿が描かれていたことがありました。
(17巻・第145話「幸せの箱」)
この2人はおそらく桑島の弟子だと思われますが、その他にも弟子がいた可能性もあったはずですので、実際の桑島の弟子の人数は不明です。
その数多くの弟子の中でも、慈悟郎は特に善逸と獪岳の剣才を信じ、2人には鬼殺隊を支える存在になって欲しいと願っていたようです。
鬼滅の刃・善逸の師匠が死亡!その理由は?
最近介錯無しの切腹何かで見たな🤔
今年一番流行った鬼滅の刃の作中で善逸の師匠桑島慈悟郎が切腹した回想が介錯無しの切腹だった
介錯がないと切腹の意味合い変わってくるから、良い介錯つけて欲しい
#麒麟がくる pic.twitter.com/Ra205czGZz
— スジャータちゃん (@menento_Sujata) December 27, 2020
また我妻善逸を鍛えて支えた存在である師・桑島慈悟郎は、本作において既に故人となっています。
寿命でもなく、鬼に殺されたわけでもなく、死因は自害でした。
桑島慈悟郎の最期は、介錯なしの切腹という形で生涯を終えました。
ではなぜ慈悟郎はそのような最期を選択したのでしょうか?
理由は自身の弟子・獪岳が大きく関わってきます。
先にも記載したとおり、慈悟郎は善逸と獪岳にはおおきな期待を持ち鍛錬をしていきました。
それはやがて2人が、鬼殺隊の大きな存在になることを願ってのことでした。
しかし善逸の兄弟子である獪岳は、あろうことか自ら進んで鬼になることを選んでしまいます。
そこには獪岳なりの理由もあったのですが、結果として慈悟郎が育て上げた鬼殺隊士である獪岳は鬼となり人々を襲うようになってしまいます。
そのことに育手として責任を感じた慈悟郎は、その責任を切腹という方法で償ったのです。
善逸の師匠が死亡したのはいつ何巻?
また桑島慈悟郎の死を、善逸は手紙を通して知ることとなります。
原作16巻・第135話「悲鳴嶼行冥」にて、善逸の鎹鴉(かすがいがらす)であるスズメが善逸に手紙を持ってきたのです。
作中ではその内容が何だったのかはしばらく不明のままでしたが、その手紙を受け取ってから善逸の様子は明らかに変化しました。
そして原作17巻・第144話「受け継ぐ者たち」で獪岳と対戦した善逸の口から、師・桑島慈悟郎が腹を切って死んだ事が告げられたのです。
善逸の師匠は兄弟子・獪岳の鬼化を防げなかったか?
元柱の爺ちゃんは獪岳よりも善逸に期待してたんだろうな
実際獪岳はクソすぎて鬼なんかになるから仮にも善逸の元兄弟子と思ったらゾッとするわてかいつ見てもじいちゃんの善逸に対する台詞泣きそうになるくらい響くわ#鬼滅の刃 pic.twitter.com/d2QcRAKkTG
— ⋆⸜ZᗄOʁI⸝⋆ (@h_j_j_s_s_j_nEN) September 19, 2021
では元鳴柱であった桑島慈悟郎には、獪岳の鬼化を止める術はなかったのでしょうか?
仮に獪岳が鬼にならなかったら、慈悟郎は死ぬことはなかったと思われます。
しかしその場合にはどちらが師匠の後継ぎになるのかで、善逸と獪岳はかなり激しく戦うことになったかもしれません。
善逸にはそこまで大きな熱意がなかったため、兄弟子に後継を譲るという選択をしそうです。
しかし兄弟子・獪岳は、自分よりも善逸の方が手をかけられていると錯覚していたため、善逸に嫉妬していた節は見受けられます。
獪岳は自分自身を認めてもらいたいという承認欲求が強すぎるため、汚い手を使ってでも自分が後継ぎになろうとしたと予想されます。
そのため獪岳は善逸が寝ている間に殺害してしまう、または毒殺してしまうなど、善逸の命を奪った可能性は非常に高いのではなでしょうか?
善逸の師匠・桑島慈悟郎は兄弟子・獪岳の鬼化を止めることは出来たかもしれませんが、代わりに善逸の命は失われていたかもしれません。。
そういった意味では、慈悟郎は獪岳の鬼化は防げずに自ら命を絶ったものの、善逸の命を間接的に救ったのは師・桑島慈悟郎だったかもしれません。
鬼滅の刃・我妻善逸の師匠とは? まとめ
桑島慈悟郎「お前は儂の誇りじゃ」
該当シーン:単行本17巻 第146話
気に入ったらRT❣️#鬼滅の刃#善逸#桑島慈悟郎 pic.twitter.com/ns5BE0Q5SO
— 二次元大好き。 (@love_2d321) March 23, 2020
今回は鬼滅の刃に登場する、我妻善逸の師匠に関して考察してきました。
以下がまとめとなります。
- 師匠の名前は桑島慈悟郎
- 桑島慈悟郎は元鳴柱
- 慈悟郎の最期は切腹による自害
- 自害の理由は弟子である獪岳の鬼化
鬼滅の刃の作中では善逸の回想シーンでの登場が多かった分、登場回数自体は少なかった桑島慈悟郎ですが、善逸に愛情をもって厳しく鍛錬をした育手として印象深い読者も多かったと思います。
そんな慈悟郎の最期は凄惨なものでしたが、それを糧に成長した善逸に心を打たれた場面でもありましたね。
それでは以上で、鬼滅の刃の善逸の師匠に関する考察を終わります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。